<寄りそう人>
大佐の執務室には、上等とは言えない来賓用ソファがある。
エドワードがそこに座って旅の疲れをほぐしていたときのことだ。
「なあ、鋼の。きみは、好きな子とかいるんだろう」
唐突な質問に飲んだコーヒーを盛大にむせ、エドワードはひととおり苦しんだのちにやっとの思いで言った。
「まままま、まあな……」
「付き合っているのか?」
「さっきから、なんなんだよ?」
跳ねるように立ち上がり、照れと怒りで顔を真っ赤にしたエドワードが、殴りかからんばかりに机の前に立つ。
「守る者があれば、人はその分だけ強くなれる。だが、片想いより両想いの方が無敵になれるんだ」
「……アンタ、結構ロマンチストなんだな。気色悪い」
「心外だな。まあ、頑張りたまえ」
そう言うとロイは満足したのか、目の前の仕事に頭を戻した。
しかしエドワードは退室する気配はない。
再び見上げると、金の瞳は伏せられていた。
「言えねえよ。アルが苦しんでるのに、オレは……わけわかんねえコトで悩んでる時点で贅沢だ」
「……」
静かに部屋に紡がれた台詞に、ロイはひとり納得する。
その生き方が心を揺らす。同時に、自分がしようとしている事はなんてお人好しなのだろう、とも思った。
「鋼の。……人が幸せになるためには、遠慮は必要ないんだよ。もしきみが誰かと恋人同士になったとしたら、アルフォンスくんは自分のことのように喜んでくれるだろう」
「……でも」
「そういうものだよ。そんなことで悩むより、彼女の口説き方で悩んだらどうだ?なんなら、私が教えてあげよう」
にっこりと笑いかけるロイの言葉に、ようやくエドワードは普段の瞳に戻った。
「タラシの教えなんか興味ねーよっ!」
背を向けて言うべきではなかったと後悔しながら盛大な足音で去ろうとしたとき、後ろから静かだが強い声色が言った。
「きみには……幸せになる権利がある。等価交換だ。過去の悲劇を負って反省した分のね」
振り返ると、今まで見たことのない表情を浮かべたロイが見つめていた。
「……余計なお世話だ」
言い捨てて早足に退室する。
ロイは深く息を吐いて、あまり進まない頭で仕事を再開した。
まさに余計な事を言ったことに、自己嫌悪に陥る。
そんな心情を露とも知らないエドワードは、己の中と闘っていた。
我慢してきた気持ちに我慢はいらないと言われて、今まで抑えつけてきた想いがここぞとばかりに暴れだす。
少しでも気を許せば洪水のように溢れて手がつけられず、取り返しのつかないことになりそうで怖かった。
午後の公園に、兄弟は二人で借りてきた本を読んでいた。
しかしアルフォンスは心ここに在らずといった体で、空を眺めている。
「どうした?アル」
「ああ……兄さん。空ってこんなにキレイだっけ」
「は?」
突拍子もない発言は、空を見上げたまま飛び出してきた。
「……何言ってんだお前。頭打ったのか?」
「打ってないよ。鎧だから関係ないし」
「そ、そっか。そうだよな」
冷静な切り返しにいつもの弟らしさを見つけるが、まだ安心できない。
そんなエドワードの心配に応えるように、アルフォンスが空を見上げたまま話し始めた。
「さっきね、ウィンリィから電話があったんだ。兄さんにも代わるよって言ったんだけど、切れちゃって」
ごめんね、と謝る弟は、相変わらずどこかが抜けているようだ。
「僕たちが元に戻ったら、真っ先に帰るよって言ったら、ウィンリィが……」
「なんだよ?」
「帰ったらあの時の告白、もう一回聞かせてくれって」
エドワードには思いがけない展開に、口元がゆるむ。自分以外の、特に弟の幸福は何よりも待ちきれない。
「そ、それで?」
「ボク、すぐわからなくて……何のことって言ったらウィンリィが、男は身長で決めるんじゃなく中身よ、ずっと見ててよくわかった、やっぱりアルが好き、って」
エドワードの顔がみるみる花開くように笑った。
「元の体に戻ったら兄さんより背が低いかもよ、って念を押したら、そんなの関係ないって言ってくれた。だから、必ず帰るよって言って……切れちゃった」
「そりゃ切れちゃったんじゃなくて、切っちゃったんだろーが!」
「えへへ……そうだね。ゴメン、兄さん」
「いや、謝ることはねえよ……」
「ボクが先になっちゃって」
謝罪の理由を訂正されて、エドワードははっとする。
「いいって、オレもすげー嬉しい」
言いながら、さっきのロイの言葉が脳裏によみがえる。
「でも思ったんだ、電話切ったあと。力が湧いてくる感じがした。この奥からとめどなく」
アルフォンスは自分の空洞の胸部を指した。
「……」
「兄さんも伝えなよ。その人も待ってるよ」
エドワードは目を輝かせるアルフォンスを前に、一瞬考えた。
「……オレは、いい」
「なんで?絶対うまくいくって!」
「それより、よかったな!アル、兄ちゃんは誇りに思うぞ!早く元に戻る方法見つけような」
「うん……そうだね」
アルフォンスの期待をおちゃらけてかわしながら、エドワードはある決心をしていた。
違和感を察知したアルフォンスは、何も言わず見守っていた。
「じゃ、オレたち行くから」
ロイとエドワードは、机越しに真っ直ぐに見つめあう。
「そうか。気をつけなさい」
「ありがとうございます」
いかにも後見人らしい台詞には、アルフォンスが答えた。
ロイは歩きだした小さな背中を呼び止める。
「そうだ……鋼の」
「うん?」
「私はきみたちに、幸せになってほしいと強く願う人間のひとりだ。私だけでなく、きみたちの周りにはそういう人間が沢山いる。その事を覚えておいてくれ。それから」
ゆったりとしかし黒い眼には慈愛と強い光が宿り、エドワードを見つめている。意味深に間を置いたあと、先を続けたのはエドワードの方だった。
「必ず戻る」
ロイは言わんとしていたことを読まれ驚いたが、金色の眼につよく輝きが満ちているのを見て更に息を吸い込んだ。
兄弟は明日へ向かって歩き出す。
小さな芽が大地に顔を出した。
「あれは告白されたようなもんだよ」
「なんだ、アル?なんて言った?」
「なんでもない」
「心配すんなって!ちゃんと元通りの男前にしてやっからさ、愛してるよウィンリィ~ってバラをくわえて」
「ボクそんなキャラじゃないやい!」
終
2011/09