<或夜の優しい嘘>



暗闇のセントラルシティに、爆炎があがる。
廃ビルの屋上から上がる煙を見て、人々は何事かと窓から顔を出した。

「おい!そっち行ったぞ!」

定期的に石を舐める炎で、暗がりの様子が見える。
通路にコートの端が消えるのが見えて、エドワードは叫んだ。
2人分の足音が追いかける。
相手はホムンクルスに繋がっているらしい。
捕まえる前に、聞きたいことがある 合は、むやみに公式の応援を呼ぶわけにはいかない。
アルフォンスを呼びにいくにも、状況的に離脱は難しく、エドワードは焦っていた。
とりあえず大佐が制服でなくてよかった、と思う。
隣の部屋へ出たとき、奇襲をかけられて転倒した。
そこへ腹に激痛が走る。
エドワードは反撃して起き上がろうとしたが、撃鉄を起こす音がして動きを止めた。

「鋼の!」

ロイが背後に現れ、月明かりを受けたエドワードを見つけて強張る。
気を取られた隙に銃を別のものに錬成しようと試みたが、反応しない。
頭に突き付けられ、思わず両手を上げた。

「残念 ったなぁ、鋼の錬金術師さん。コレは錬金術が反応しない 材でできてるん 」
「くっ……」
「会いたかったよ、マスタング大佐」
「なに……?」

殺人犯は明らかに異常な三白眼で、ニヤニヤ笑っている。

「アンタが苦しむ顔が見たかった。この状況は俺の理想 ね」
「……なにが言いたい」

時間稼ぎを試みる。
エドワードをちらりと見ると、少年はわかっている、というふうに目配せした。
しかし今のところ手は出せそうにない。
男はヒステリックに笑った。

「アンタの弱点 ろう」

銃が金色を撫で、虫唾が走る。
ロイは不敵な笑みを浮かべ、冷たい声で言った。

「違う。その少年が倒れるのは市民が倒れるのと同じ 。悲しいが、それだけだ」
「なっ……」

エドワードが驚いた声を出す。
男も驚いたが、それを前面に出さぬよう気色の悪い笑みは崩さない。

「へぇ。本当に?」
「軍のいかなる試練にも耐えた私の心は、情などとっくに捨てている。それが致命傷になると痛いほど理解し……求めることもなくなった」

強い口調ではっきりと言うと、男は自分の思いこみの間違いにショックを受けたよう った。
エドワードもまたショックを受けているよう が、今は気にしていられない。
しかしその甲斐あってか、このあとどういう手を使うか男が考えて隙が生まれ、銃を奪うことに成功した。
腹に蹴りを当てて、転倒した相手に銃を突きつける。

「形勢逆転、だな」
「……くそっ」

結局殺人犯はただのイカれた男で、有益な情 は特に得られなかった。
軍司令部から出てきたロイが、暗闇でもわかる金色を目に留めて、ちいさく溜息をつく。

「帰らないのか?」
「……」

どうやら、話があるようだ。
エドワードは黙って、目配せをした。
ロイは小さく首をすくめ、二人は連れ立って歩きだす。
街は静寂が訪れつつある、深夜に近い時間。

「さっきは、助かった」

ぶっきらぼうに礼を言われ、心の中で頷いて先を待つ。
2人分の足音が石畳に響いた。

「アンタにとって、オレはなんだ?」

やっぱり、とロイは思う。
立ち止まると、エドワードも立ち止まった。
ロイは首を横に小さく振って、再び歩き出す。
エドワードが追いかける。

「いや、別にオレのことはいい。アンタの言ってることは理解できる。でも!」

角を曲がって、ほろ酔いのカップルをやり過ごす。
彼らの笑い声が遠ざかってから、エドワードは口を開いた。

「守るものがあれば、人は強くなれる。……オレはそう思ってる」

落ち着いた、15歳とは思えない声 った。
ロイは立ち止まり、声の主へ体を向ける。
エドワードの瞳が真っ直ぐに見上げていて、夜の太陽のように光っていた。
直後に泣きだしそうにも見えた。

「鋼の。……私はそうは思っていないと?」

探るように見る瞳を、見つめ返す。
表情が変わった。

「だって、アンタはさっき……」
「本気にしたのか」

ま 何か言いたげな口を塞いで、体ごと奪った。
一瞬、驚いたのか、手が肩を押し戻そうとしたが、それはすぐに止まる。
離れても戸惑っている様子のエドワードにロイは自分も悪いの と苦笑して、自宅へ入れた。



シーツの間で、不安げな瞳が揺れている。
ただ、彼はそれを隠そうと、必死になっている。
いつも目を見ると強く感じるのはそのせいもあるのか、と納得した。

「君を失うかもしれないことは最初からわかっているが、想像もつかないよ。エド」

頬から側頭部を撫でて、出来る限り優しく微笑ん つもり が、心のどこかで今言った言葉に泣きだしそうな自分がいる。
きっと せなくて、どこか寂しげに見えただろう。

「そんな世界は私が潰す」

口づけを繰り返して、コートを脱いだ。

「いつか私を失った時の為に、心を鍛えておけ」

人影はベッドに沈む。
心臓に手を宛てて言うと、鋼の手がそれを制した。

「いやだ」

エドワードは起き上がり、額をぶつけてくる。

「なぜだ」
「そんな時は来ない」
「……」
「……来させない」

舌を噛みちぎりそうな勢いで、キスをされて戸惑うが、それを焼きつくすかのごとくお返しをしてやった。
緩む口元を止められそうにない。

「私のほうが年寄り ぞ」
「じーさんでもいい」
「早く死ぬ」
「それは仕方ないじゃんか。でもあとウン十年は死なせねえ」

シャツのボタンを外すエドワードを、押し倒したら文句を言われた。
こっちは笑って、相手にしない。
彼が仕方なさそうに笑うのを、見たかったこともあって。






2011/09


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