<きんぴらごぼう>






※円夏要素が世間話程度にあり







 冷蔵庫にごぼうがあった。数日前に購入してけんちん汁を作った残りの、二本入り三百円弱、片割れのごぼう。
 昼食の材料を物色していた不動が言う。

「お、ごぼうあんじゃん。使っていい?」
「ああ」
「オレきんぴら食べたかったんだよね」

 たわしでよく洗って、黒くて硬い節を取り除き、細い方から斜め薄切りに。厚さは2ミリほど。それを5〜6枚重ねて、今度は細切りにする。

「鬼道くんちの包丁めちゃめちゃ切れるな。気持ちい〜」
「そうか?」

 手際よく均等にザクザクと切っていく手元を横目で見ながら、おれは味噌汁用の片手鍋を出したついでに、ステンレスのフライパンを隣の五徳へ置いてやる。

「サンキュ」

 微かな音を立てて弱火でじっくりと炒められていく、薄茶色の繊維。
 最初はごぼう独特のアクのある匂いが鼻に届くが、すぐにあっさり系の白ごま油と相まって、香ばしい匂いがキッチンに漂い始める。
 出汁を加え沸騰したら火を弱めて、醤油を加えて煮る。水分が無くなったところでぴたりと火を止めたら、きんぴらごぼうの出来上がり。
 小皿二つに盛り付けたごぼうは、金すりごまだけがふりかけられ、醤油のなめらかな琥珀色がきらきらと、窓から差し込む冬の陽光の下に光っていた。

「「いただきます」」

 こうして土曜日の早めの昼食を共にすることが増え、もう二年になる。なんだかんだと泊まることが増えたものの、その先のことはまだ、今ひとつ決めあぐねていた。
 こんな風に一緒に過ごす時間が増えたのなら、いっそのこと同居してしまえばいいのではないか、と思った瞬間が何度もある。最近は特に増えた。
 着替えだけでなく歯ブラシやタオルや私物まで置いてあるし、当然合鍵は渡してあるし、でもスケジュールを組みながら面倒になる時がある。
 なんで会うために、いちいちお互いの連絡が必要なんだろう。
 だからといって、それを相手に伝えるとなると、何となく二の足を踏んでしまう。

「ん、うまいな」

 きんぴらごぼうを一口咀嚼して、鬼道は言った。
 歯ごたえは硬すぎず軟らかすぎず、さりげないごまと香ばしい醤油がごぼうの風味を引き立てていて、何とも素晴らしいハーモニーが完成していた。

「良いゴボウなんじゃね」

 この男が謙遜するのを、久しぶりに聞いた気がする。鬼道は不思議な気持ちで、茶碗を手に取った。
 久しぶりといえば、こんなふうに素材そのものをじっくり味わうこともだ。日々の忙しさにかまけて、食事は栄養補給となってしまっていた。
 何故だろう、土曜日の昼食だけは、落ち着いた気持ちで、一口ずつ味わって食べることが出来ている。その理由はもう、分かっている気がした。
 いつも他愛のない会話をポツポツと交わすが、今日は話題を思いつかない。鬼道は少し焦る気持ちをなだめようとしながら、なんでもないような顔をして味噌汁を飲んだ。

「そういえば円堂は、婿養子じゃないそうだ」
「へえ。じゃあ雷門が円堂夏未になるのか」
「そういうことだな」

 雷門中が円堂中になるかのような想像をして、ひとり心の内でクスッと笑う。
 そんな鬼道の心中は知らずに、不動が付け加えた。

「別に、婿養子でも円堂守名乗ってそうだけどな」

 たしかにな、とつぶやきながら、鬼道の思考回路は別の方向へ走っていた。

「苗字にこだわりは無いタイプか?」

 そんなことを聞かなくても、もうきんぴらごぼうの作り方や味で答えは決まっていた。平静を装おうとして、墓穴を掘っている気がする。

「まあ、そうだな。戸籍の名前と選手の名前は違うと思うし」

 それは円堂のことを言っているような気がしたが、なぜか不動はちいさく微笑んだ。

「……なんだ」
「ん? きんぴらが美味くて自画自賛中」

 上機嫌な恋人をぼんやりと眺めながら、菜の花のおひたしを口へ運ぶ。味が薄い。

「ん、すまない、これ薄かったな」
「そお? 良い野菜は薄味でもいいんじゃねぇの」

 確かに焼き鮭と菜の花ときんぴらごぼうとを順に食べると、ちょうどいいような気がした。
 こんな奴は他にいない。ぽっかりと空いたスペースに、ぴったり嵌まるブロックを適切なタイミングで落としてくるような。
 いい加減に伝えよう。言うだけ言って、問題があれば一緒に考えればいい。

「不動、話があるんだが――――」
 
 窓の外に伸びる、花芽が膨らみ始めた細い桜の枝でスズメが二羽、身を寄せ合ってさえずりながら春を待っていた。







おわり








2024/01


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