<夕だち>






円堂に付き合うと、いつも、日が暮れても雨が降っても練習をしていた。だが、さすがに限度というものはある。蒸し暑い時期、季節の変わり目だからか気圧のせいか、夕立が多い。晴れていても降ってくることがあれば、朝から広がっていた雲が徐々に厚くなっていき、夕方ごろになって一気に降りだすこともある。この日は後者で、文字通りバケツをひっくり返したような激しすぎる雨に、さすがの円堂も顔に叩きつける雨に目を細めつつ、蹴ったボールが全く伸びないのを見て苦笑した。蹴っても投げても、雨に叩き落とされてしまうのだ。

「き、休憩しようかぁ!」
「え!? 何だ?」

鬼道のゴーグルにも容赦なく雨が叩きつけ、視界が悪いどころではない。目を細めた風丸が雨音で聞き取れなかったらしく、円堂に耳をすますジェスチャーを見せた。

「きゅーうーけーい!!!」

ボールが来ないし、これはさすがに練習中止だろうと集まってきたメンバーたちが、それを聞いてホッと胸をなでおろす。もう既にさんざんびしょ濡れになっているので半ば諦め、部室へ向かう足取りはゆっくりだ。

「みんな、風邪引いちゃうわ」

先を見越して大量のタオルを用意していた木野が、春奈と一緒に全員へ配った。瞬く間に、白いタオルが泥だらけの水浸しになるが、彼女たちは文句も言わず再びふわふわに乾かしてくれる。

「きもちわりー」
「すげー降ってるなー」

思い思いに、ある者は窓に叩きつけられる雨粒を眺めながら、またある者はユニフォームの上を脱ぎ、体を拭く。鬼道は顔を拭いてゴーグルを着け直し、さしあたって雨水を搾ったマントを脱ぐべきかどうか思案していた。そこへ来客があった。

「お邪魔しますよ~っと」

最近では見慣れた不動明王の姿なのに、鬼道は心臓が驚いて裏返ったような気分になった。実際は裏返ることなんてありえないが、それだけドキッとしたということだ。何しろ全身ずぶ濡れで、自慢のメッシュ入りのモヒカンがぺしゃんこに潰れ、水が滴っている。だがそれは決して惨めな姿ではなく、彼の性格のように曲がりくねったくせ毛が独特の色気を醸し出していて、肌を伝う水滴がそれを助長していた。常日頃、性欲と下半身のためだけに生きているような不動をバカにしてきた鬼道だが、意志に反してその気持ちを理解した瞬間だった。

「お、不動じゃねーか」
「よう! (モヒカンが)台無しだな」

染岡と風丸が声をかけ、部室にいる全員に不動が来たことが伝わる。

「ちょっと寄ろうかなとか思ったらこれだよ。ったく……」

濡れた手を振り振り、呟く不動に木野が貴重なタオルを渡す。

「はい。不動くんも、これ使ってね」
「どーも……」

カバンを置いて大人しく受け取る不動は、顔と頭を拭き、それによって乱れた髪を軽く整えた。やっと、いつもの姿に近づいた。だがまだ、鬼道の動揺は治まらない。

「おぼっちゃん校は、校則で折り畳み(傘)を必ず(カバンに)入れてるのかと思ってた」
「んなワケねーだろ。んなん、このヒトぐれーだっつの」

このヒトと皮肉っぽく言ったときに、一瞬鬼道を見る。フッ……と、得意のドヤ顔を返したつもりだったが、今はマントもびしょ濡れで背中に張り付いているし、ドレッドから水が滴っているので、説得力が無いように思える。

「(今日は)一人か?」

かろうじてこれだけ口にできた。

「まさか。もうすぐ来んだろ。……あいつら、もう諦めモード(だからおせーんだよ)」
「なるほど」

もう一言、口にできた。しかし、それ以上何を言ったらいいのか分からない。自分は一体どうしたというんだ?豪炎寺が惜しげも無く美しい上半身を晒していたって、ああ良い体だとしか思わなかったというのに。
その時、円堂がバンダナを外し、木野から受け取ったタオルでゴシゴシと頭を拭いた。いつもと違う姿というのなら、バンダナを外した円堂だって結構なレアだ。バンダナを外すとまた違う魅力があって、くせ毛が可愛く見える。しかし性的には思えない。何かが違う。

「なんだよ、せっかく……みんな来るならサッカーしたいな。早くやまないかな?」
「やまなくてもやるんだろー、おまえは」
「マジ?」
「マジだ」

目をキラキラと輝かせる円堂に、風丸が言い、不動が苦笑して、豪炎寺が頷く。

(すまない。円堂……すまない……)

笑い声が上がる和ましい雰囲気の中、ひとり鬼道は一緒に輪に入っているふりをしながら、なぜか心の中で罪悪感のようなものにうち震えていた。不動が濡れていた、ただそれだけなのに、いつも静かだった下半身が反応するとは。すんでのところで抑えたが、これは注意していないと、いつまでも引きずりかねない。のちに、このことを逆手に取られるのは、当然のお話。

end


2014/11

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