※円←鬼、影鬼をほのめかす表現あり
※鬼道くんは鬱っぽいビッチ受け。不動は純情童貞で、つまり不憫攻め。
※イナクロをベースに捏造(時系列は「円堂守死亡事故」の辺り)
※飲酒シーンあり


あらすじ:中学時代に影山に開発されて男しか愛せなくなった鬼道は、半ば自暴自棄に他人と寝ていた。敬愛する円堂が死んだことをきっかけに、不動とも成り行きで体の関係を持つようになった鬼道。不動は十年間想いを隠し続けてきたが、弱っている鬼道を見ていられず、半ば無理やり自分に依存させる形で支えようとする。やがて、正史では円堂が生きていると知った鬼道は、自分が置かれた状況の真実に気付く……。





<失われていく世界の中で>


 自分の体が半分、ごっそり失くなったような気分だった。これはいったいなんだろう。不道徳なものを求め続けた自分への罰なのだろうか? そんなはずはない。いつだって真に望みの無いものは捨ててきたはずだ。
 だが、こんなにも強烈な痛みを負わなければならない理由が解せずに、混沌へ突き落とされぬようしがみついているのがやっとだ。何故このようなことになったのか、自分のせいなのか、分からない。

 宇宙一サッカーバカの葬式は快晴のもとに行われた。不思議なほど泣けなかった。むしろ思いきり泣いてしまえば楽になるのに、弔辞が途中で読めなくなった風丸や嗚咽を漏らすヒロトを眺めながら、何故か一滴も涙を溢さない自分に困惑した。以前は、泣きたくなくても涙を堪えることすらできなかったというのに。
 隣で静かに震える豪炎寺の背を軽く支えてみたが、それ以上どうすることもできず、両親への挨拶もそこそこ逃げるよう足早に人目を避けて葬儀場を後にした。気丈夫に場を取り持っている彼の妻に、声をかける気も起こらない。何もかも無意味に思える。
 まるで、悪い夢の中に迷い込んでしまったかのようだ。足が地に着かず、実感が湧かないのだ。自分が息をしているかどうかも分からない。信じたくない、諦めたくないという思いが重なって、しかしそれを捻り潰そうとする力も倍になり、圧搾機のように両側から圧され、塞き止めていた力もじきに尽きようとしていた。
 ふらりと寄った酒屋で、普段あまり飲まないウイスキーのボトルを手にした時、頭のどこかで相当やばいなと自覚したはいいものの、それをどうにかしようとする気力が湧かなかった。

「どこ行くんだよ、鬼道」

 現金を使い酒屋を出て、妙に硬い声がした方を振り返ると、今もっとも会いたくない人物の一人がそこに立っていた。返事をするのも億劫で黙ったまま、かつてのチームメイト、とも呼びきれない男を見る。言わずとも鬼道の疑問は顔に出ていたのか、不動はいつもの皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「誰かさんが今にも死にそうなツラしてフラフラ歩いてくのが見えたから、ちゃんと帰れるか見に来てやったんだよ」

 言いながら不動は車道に出てタクシーを停める。

「口を慎め」

 いつもの口調でたしなめた筈なのに、喉の奥から出てきたのは掠れた頼りない声だった。顔をしかめると、聞こえたか聞こえていなかったのか不動はさっさとタクシーに乗り込んで振り返った。

「乗れよ。どうせ駅まで同じだろ」

 どんな時も効率を優先する思考は、感情を無視して両足に信号を送る。走り出したタクシーの中は脱臭剤の臭いが強かったが、ラジオの音が遠くに流れていて、有り難いことに中年の運転手は無口だった。
 隣に座る不動は窓の外を眺めている。心配して後をつけて来てくれたのだということは、分かっていた。
 鬼道は気遣いのできる人の好さそうな運転手に、自宅の住所を告げた。不動は一瞥をくれたが、何も言わずに窓の外へ視線を移した。こうなることは想定範囲内で、タクシーを拾ったのだろう。

 高校を卒業してすぐに渡欧した不動とは、滅多に連絡を取ったことがない。最近になって名を馳せるようになったジョーカーの消息はスポーツニュースで難なく追うことができたが、個人的な付き合いは無いに等しかった。帝国学園を進み続けた不動とは違い、鬼道は円堂や豪炎寺と同じ高校を選び、卒業後もすぐには渡欧しなかったため、道が別れてしまったのも不思議ではなかったが、それは疎遠と言うよりはただの遠距離であり、必要がない連絡はしないだけであり、スポーツニュースで存在を確かめ合うだけで十分だった。
 その不動と久しぶりに会ったのが数ヶ月前、緑溢れる神秘的な離島でのことだったが、それも今は遠い昔のことに思える。サッカー禁止令もあり、日本にしばらく居るとは聞いていたが、忙しくて睡眠を取るのがやっとという生活をしていた矢先に、あろうことか円堂守の葬式で顔を合わせることになってしまうとは。再会は嬉しいが、もっと別のかたちがあったはずだと、皮肉の一つも言いたくなる。




 閑静な住宅街にタクシーは停まる。鬼道が支払いを済ませている間に降りて築五年の高層マンションを見上げ、不動は軽く筋を伸ばして深呼吸した。脇目もくれず、オートロックのエントランスへ歩いていく鬼道の後を追う。
 エレベーターで最上階へ向かい、三つしかドアがない廊下で、その中の一つを開ける。ここでやっと思い出したかのように、鬼道はドアを肩で押さえ、不動を見た。サングラス越しの目線に促され、先に中へ入り靴を脱ぐ。背後で溜め息が聞こえ、電気が点いた。

「へぇ~。やっぱ、いいトコ住んでんな」
「適当に寛いでくれ」

 部屋へ入るなりソファに陣取った不動を目の端で捉えながら、一人暮らしにしては広すぎるアイランド型キッチンのカウンターにウイスキーを置く。滅多に使わないグラスを二つと瓶を持ってソファへ向かってきた鬼道を見て、不動は端に座り直した。気付かなかったかのように、彼は向かいに腰かける。

「なぜここへ来た」
「……そっちが連れ込んだんだろ?」

 特に勧められたわけではなかったが、グラスは二つ、酒を注がれたので、手を伸ばしてグラスを取った。献杯、などと心の中で考えている目の前で、鬼道は一気に空にする。何があっても、アルコールに頼るような男ではないはずだが、他にどうしようもないのだろう。もしくは、知らないうちに大人になって酒の味を覚えたか。いずれにせよ、不動は強くも弱くもないが、アルコールの影響に良い思い出はなかった。

「なあ、鬼道ちゃん」

 グラスの中身を見つめながら、苦笑ともとれる薄い笑みを浮かべたまま呟く。自分のグラスに二杯目を注ぎながら、鬼道は懐かしい切れ長の深い青緑色を眺める。

「どうなっちまうんだろうな。これから……」

 やけに時間が長く感じ、瓶の中が空になるのは早く感じた。
 目の前の元同級生はと言えば、むくんだ虚ろな目をやっと見慣れてきた丸い緑のレンズの奥に隠し、先程から黙りこくっている。高校に入ってからの何を知っているわけでもないが、彼が酒を飲んでいるところを見たのは初めてだったし、意外にも思えた。
 さっき酒屋から出てきた彼は、世界の淵に立っているような顔をしていて、今にも落ちて行きそうで、思わず足が動いていた。追いかけてどうにかなるものでもないとは思っていたが、予想以上に手強い。悪い予感もする。これはうまいこと適当に言ってさっさと帰った方が吉かもしれない。こういうとき円堂ならどうするだろうかと考えて、中学時代に意識が飛ぶ。

「信じられねぇな」

 鬼道の顔は俯いたまま、反応は無い。寝てしまったのかと思いきや、少し筋張った指が空のグラスをテーブルに置くのを目の端で見た。

「マジありえねぇよ。誰よりも先に他人を信用する奴だったじゃねーか。一番最初にアイツが信じてくれたから、オレも変われた……オレも結局、アイツに救われたヤツの一人なんだ」

 気付くと、独り言のように勝手に喋っていた。いつの間にか酔いが回ったようだ、呟いた内容が自分らしくなくて苦笑を添える。だが、少しでも何かプラスに働きかけることができればと、叶わぬ願いを持っていた。
 小さな呻き声が聞こえて、不動は驚愕した。まさかとは思ったが顔を上げると、鬼道の肩が震えているのが目に入った。もう少し言葉を選べば良かったものをと己を罵倒していると、鬼道は顔を上げてサングラスを外し、ゆっくりとソファに凭れた。涙は見えない。空きっ腹に滝のように流し込んで、気分が悪くなっただけだろうか。いずれにせよ、今のうちに感情を出させてやった方がいいんじゃないかと思った不動は、静かな声で続ける。

「アイツはサッカーそのものになったんだろ。だったらアイツのサッカーを知ってるオレたちが、できることをやればいい。――そうだろ」

 思い浮かんだ言葉は鬼道のために口にしたが、それはつまり、自分を慰めるためだった。

「随分、まともな事を言うようになったな」

 鬼道の赤い眼が苦笑に細くなる。

「おかげさんで」

 一瞬だけ苦笑を返すことができたが、長くは続かなかった。

「なぜここへ来た」

 昔話など望んではいない。それなのにさっきも尋ねた言葉をロボットのように繰り返したのは、まだ真実の答えを知って心底納得していないからだ。

「さっき言ったじゃん」
「降りない選択肢もあっただろう」
「別に、オレも誰かと飲みたかったし」
「そうやって偽善者ぶっているつもりか。おれを嘲笑うなら、笑えばいい。実に愚かだろう……分かっているさ」

 ゆらりと立ち上がった赤い眼が、冷たい血の結晶のように光る。

「オレは……」
「お前に何が分かる? おれにどうしろと言うんだ!」

 珍しく、感情的な声が叫んだ。不動は黙って鬼道を見つめる。彼は拳を握り締め、小刻みに震えていたかと思うと、胸に掴みかかってきた。

「円堂は――円堂は、……っ!」

 その先は声にならなかった。無音の槍が不動を貫く。シャツを握りしめ嗚咽を漏らす鬼道の背を、遠慮がちにそっと支えた。だがその手を振り払い、鬼道は再び立ち上がった。悲壮と憤怒が入り混じり、それを自覚して驚き、羞恥が生まれ、鬼道は背を向け、大股でリビングを横切り、自分の部屋へ駆け込むようにして入った。
 二人の絆を繋ぎ合わせてくれた人はいない。だから二人の絆の象徴も、今はない。
 我慢しても耐えきれないほどの悲しみが彼を襲い、冷たい激流となって何処かへ運んでいく。雑巾になったみたいに、絞り出すような嗚咽が聴こえた。 最後に残ったプライドができる限り声を殺したのだろうが、鍵をかけそびれたらしい。だが、そのうち鬼道は浅くて夢ばかりの眠りに落ち、それでも朝まで目を覚まさずに済んだようだ。不動は電気を消し、真っ暗な部屋でひとり、ソファに横になった。






 今まで鬼道が日常生活をする空間に足を踏み入れたことはない。思えば、学生の頃はわざと距離を取っていた。表彰式が終わったら受験、高校も別々の学校という具合に、必然的に離れていたこともあるが、それだけではない。意識して一定の距離を置いていた。馴れ合うのは柄じゃなかったし、一人でいる方が気楽で性に合っている。恋なんて女々しいものに興味は無く、したこともなかったが、世界を相手に共に立ったくらいのことで仲間だの何だのと急に馴れ馴れしくするのも馬鹿げている。カッコ悪い、と思った。
 プロリーグは入れ替わりも激しいし競争率も高い。欧州人とのやり取りは、国の距離感があって気楽にできた。それでもいくつかチームを転々とするうち、くだらない意地とプライドは今では多少緩和されたものの、相変わらず不動は自分の内面を見られることや、性癖を咎められることを恐れていた。そのせいでまた他人から見下されることを避けていた。






 寝過ぎたと思ったが、そういえば今日は日曜日だ。午前十時三十三分。オフにしたままの目覚まし時計を置いて重い頭を押さえ、ゆっくりと鬼道は起き上がった。白いシャツは糊がゆるみ、漆黒のスラックスは皺になっている。おまけにひどい気分だ。昨夜の自分に向かって悪態をつき、ネクタイをほどきながらドアを開けた。ふと、この寝室のドアを閉めた記憶がないことに気付く。そして閉めた気がしないドアをきっかけに思い出した。いまこの家には、不動が居るのだ。
 廊下には香ばしい匂いが漂っている。和風出汁と味噌の匂いだ。用を足して、何とか顔だけでも洗ってリビングへ行くと、キッチンには不動が立っていて、戸棚を開けて食器を探していた。

「あ、でかいどんぶりある?」
「……右下だ」
「下かぁ、盲点だったわ」

 鈍痛のする頭を押さえつつ怪訝な顔で見ていると、不動は食器を取りだし、湯気のたつ鍋から何かをよそってカウンターに置いた。多分おじやのようなものだ。

「冷蔵庫になんもねぇのな。感謝しろよ、干からびた大根とカビそうな飯をオレが救ってやったんだから」

 今日買い物に行くつもりだったんだ、と頭の中で返答する。起きる前に帰ってくれても構わなかった。
胃はくたびれていたし頭痛が続いていて何もする気が起きなかったが、機械的にカウンターへ座り、少し口にした。よく煮込まれた野菜と米と出汁がじわりと染み込んで、活動力の糧になっていくのがわかった。そういえばいつだったか、不動も料理は得意だと、観察力に優れた妹に聞いたことがある。思い出したように湧いてきた食欲に、再び声に出さず感謝の言葉を呟いた。流石に昨日の空腹が堪えてきている。ここで倒れるのは、円堂も望まない。

「立派なキッチンも一流教育も、宝の持ち腐れだな」

 毎日のように料理する人間であれば、キッチンに立っただけでどのくらい料理をする人間の家かが分かる。隣へ腰掛けた不動が投げるように言った言葉を敢えて受け、黙ってレンゲをゆっくりと口に運ぶ。忙しくて、という言い訳もきっと汲み取っているはずだ、それ以上不動も追及しなかった。皮肉のはずなのに、その声は優しすぎた。
 旨いかどうか訊いてきたら、答えてやってもいいかもしれない。だが、部屋は二人が食べ終わるまで日曜の朝の静寂に包まれていた。






 掃除、洗濯、一週間のうちに溜まった手紙や書類や雑誌その他の整理など部屋の片付け……休みの日にやるべきことを、何一つ出来ていない。とりあえず熱いシャワーを浴びて普段着に着替えた鬼道は、ソファに膝を抱えて身を沈めていた。
 不動は向かいで、ソファに長々と身体を投げ出して寝転がり、テレビのチャンネルを回している。サッカー中継が無くなってからは、興味のある番組が見つからない。それは彼も同じのようで、程なくして画面は真っ暗になり、リモコンは元あった位置に放り出された。

 何年前だろうか、高校生活が終わった直後だったろう、円堂を初めてここに呼んだ時のことだ。テレビを点けたら衛星放送でやっていたサッカー中継を食い入る ように見つめていて、目が悪くなるからと画面から離して座らせた。それでも円堂は小さな――とは言っても50インチの液晶は十分迫力がある――画面に釘付 けで、いつまで経っても子供のように素直にはしゃぐ面は変わらないことに安堵し、嬉しくなった。
 ……こうやって少しずつ、思い出を思い出にして悼み、記憶の底に沈めていくしかないのだろうか? いつしか沈めたものが重すぎて、足に絡まり引っ張られて溺れてしまうのではないだろうか。不動がいなければ自分は今頃死のうとしたかもしれないなと、ひとり自嘲した。




 時計は午後二十時五十二分を指している。すっかり暗くなるまで、家から一歩も出なかった。今までの人生で、こんなにダラダラ休んだことがあっただろうか。 時間感覚がなくなっているが、葬式から夜を二回越したはずだ。鬼道が時間を気にしなくなってしまったので、不動は何とか自分だけでも把握や管理をするようにしていた。
 まるで魂が抜けた様な姿というのは、まさにああいう状態を指すのだろう。几帳面で生真面目な性格だからか、養父に関わる自分の責任が生じる仕事は毎日しっかりこなしていたが、何日経ったかとか、何時間寝たかとか、食事を摂ったかなど、全く気にしていないようだ。

 仕事を終えると毎日、同じ時間に帰ってくる。夕食を用意してやると黙々と口へ運び、風呂へ入るよう促すと淡々と入浴して、寝室へ連れていくとベッドに横になった。朝は目覚まし時計が彼を起こす。不動は食事の準備と、掃除や洗濯をして過ごした。きちんと丁寧に時間をかけて、バランスの良い献立を用意し、家事をしていると、あっという間に時間が経つ。
 今日はもう風呂を済ませ、あとは寝るだけという状況だ。つけっぱなしにしているテレビをぼーっと眺めながら、鬼道はソファに身を投げ出している。あんなに姿勢を崩すのも珍しいと思った。鬼道が視界にいる間は、妙な真似をしないように、事故が起こらないように、ひたすら彼を監視していた。
 冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターのボトルを取り出す。

「水もらうぜ~」

 来客用のスリッパをパタパタとフローリングに鳴らし、ソファの背もたれに腹を乗せて、鬼道の様子を窺いながらテレビを消す。

「眠いんならもう寝たら?」

 反応はない。不動はペットボトルをローテーブルに置き、ソファの前へ回り、ラグが敷かれた床の上に膝を着いて、ぼーっと座ったままの鬼道を眺めた。動かないかと思った赤い目は、ゆっくりと瞬きをして、不審者に出会った迷子のように不動を見る。その目が助けを求めていれば話は簡単だったが、鬼道は迷路から出ようとしていなかった。
 きっと円堂や豪炎寺なら、側にいるだけで十分だったはずだ。十年前の鬼道が黒い扉を開こうとしたとき、それを止めたのは彼らの絆だ。不動の影響もあったかもしれないが、まだ信頼が足りなかった頃だ、それだけでは無理だっただろう。影山零治がこの世を去ってからも、鬼道が前を向いていられたのは、円堂守が道しるべになっていたからだ。

「それとも……寝たくない、とか」

 不動はゆっくりと顔を近付けた。鬼道は驚きも拒絶も、なんの反応も示さない。それをいいことに、すべてを覆い隠すようなキスを重ねていく。
 鬼道の中に満ちていく悲壮、憤怒、絶望、それらは大きすぎて、臆病者のちっぽけなキスではとても覆い隠すことはできない。快感は背徳感が邪魔をした。それでも唇の奥は熱く、鬼道の目を一時的にでも逸らす事はできたような気がする。このままでは落ちていくだけだと知りつつも、不動は彼の服をめくって肌に触れていく。

「ん……、はぁ、……」

 吐息に彩られ、出会った時の視線が蘇る。初恋はジンクス通り、実らなかった。道を間違えていると知りつつも、どうせ理想の道は遠すぎて辿り着けないと諦めて、歩きにくいコースばかりを選んだ。その結果が、現在だ。体温を感じられることがせめてもの救いだろうか。

「さっすが、感度イイな。ちょうど、溜まってきてンじゃねェ?」
「はっ……んぁ、あ……っ」
「ラクにしてやるよ」

 虚ろな体も快感には、半ば義務的にでも反応する。それが嬉しくて、ぎこちないながらも隈無く丹念に愛撫していく。あの鬼道から手を伸ばし足を絡め、身を捩って抱きついてくるのが、堪らなく嬉しかった。
 憧れた唇、思い描いた体、やっと手に入れたものは光も影も失い、まるで白い紙で出来た人形のようだ。何もかもが曖昧で、平淡になってしまった。こんな夜にお決まりのような雨は降らず、空は渇いている。二人の吐息をかき消すものは何も無く、静かで明るいままのリビングに響いて、醜態を晒されているかのようだ。だが、そんなことはどうでもいい。
 勃ち上がり始めている鬼道自身をそっと掴み、自慰と同じ要領で擦るとすぐに潤う。鬼道は快楽に身を委ね、しごかれながらキスをねだった。

「アッ、……ッ……くぅ、ふ……ッ!!」

 精液で塗れた腹や指、性器をティッシュで拭っている間も、鬼道はソファに凭れながら頬を寄せていた。少しかすれた声が囁く。

「ここじゃ、せまい」
「え……?」
「寝室へ行こう」

 不動は期待しないようにできるだけ自分のことは考えず献身的な気持ちでいたため、誘われて一瞬戸惑った。体を起こした鬼道にしっとりとキスをされ、抑えていた感情が一気に膨れ上がる。何か言ってやろうと思ったが、言葉が出て来なかった。
 歩きながら鬼道は服を脱ぎ、ベッドへ辿り着いて不動のジッパーにまで手を掛ける。
 中途半端に脱ぎ散らかした洋服の上で、鬼道の足を撫でながら、求められたキスに応え、不動は気がついた。鬼道が誰の代わりで自分を求めていようと、もはや構わないのだ。他の誰でもない、自分が勝ち得たちっぽけな権利をかざして、不動は笑う。

「鬼道クンて、けっこう可愛いトコあるんだな?」

 茶化すように言ってシャツを脱ぎ捨て、同じく裸でベッドへ寝転んだ鬼道に覆い被さった。夢にまで見たシチュエーションが、胸を締め付ける。

「うるさい……そっちこそ、経験がないくせに強がるな」
「あ、やっぱバレるんだ」
「いいから……おれの言う通りにしろ……」

 本当はすべて分かりあっているのに――だからこそかもしれないが――、本心はひとつも口にしない。十年前に言えなかった言葉が胸を占める。不動はそれを、力で捩じ伏せて抑えつけ、鬼道の見えないところで叩き潰した。
 片足を立てて足を開き、鬼道は自ら手に垂らしたローションを秘部へ塗り込めていく。不動自身にも塗りつけて、煽られてきた熱がさらに増す。

「……いいぞ」

 うつ伏せになり、尻を少し持ち上げて、鬼道は小さな声で呟く。この流れを何度も繰り返してきたのだろうと想像しかけて吐きそうになる思考を頭から追い出し、不動はニヤリと口角を上げた。

「ぅあ、ぁあぁぁ……っ!」

 ズブズブと、淫乱な穴が不動を呑み込んでいく。想像していたよりずっと強い快感に襲われ、目眩がした。
 根元まで埋め込み、腰を揺らすと、ある一点が刺激されたのか、鬼道の体がビクンと跳ねた。

「ぐぅっ……!」
「はッ……キツ……」
「ん、ンッ……ぁぁ、イイ……っ」

 腰が勝手に動き出す。意識がほとんど無い気がする。本能だけで生きているような、生まれた喜びを味わうような、それなのに虚しさと悲痛な叫びで満ちている。
 正常位に変え、鬼道はさらに乱れた。

「はっ……明王、……」

 鬼道はねだるように背中に向けて手を伸ばし、相手の腰を掴む。意図せずとも、自然に密着した。不動はちいさく笑い、鬼道の顔を引き寄せて覗き込む。

「こんな顔、見れるなんてな」
「なん、だ……? っぁ……」

 薄闇の中で、目は眩しそうに細くしか開かず、揺さぶりに時々閉じてしまう。凛々しい眉はつらそうに寄せられ、吐息を漏らし続ける唇は少し乾いて、笑うことはない。

「もっと顔、見せろよ」

 眉を寄せ、常に冷静で気丈な赤い瞳が快楽に歪み、今はその端正な顔を隠す物は何も無く、淡い茶色のウェーブに縁取られているさまは実に美しかった。その虚ろな真紅に映るものを覗き込んで、感情が消えていく。
 不動は思考を手放した。もう、何かを考える必要なんてない。全て分かっていて、今、鬼道は体を許しているのだ。

「――はッ!」

 鬼道は不動の肩にしがみついて、繰り返し与えられる衝撃を全身で受け止める。ただ寂しかったからとか、そんな理由で頼るほど馬鹿ではない。分かっているからこそ、不動も素直で一途な自分の思いを、強い律動にのせて返した。

「ッは、もう、っ……おれ――」

 掠れて上ずった声で訴える鬼道を抱え、一心不乱に突き揺らす。

「鬼道……鬼道ッ……」

 ずっとずっと、円堂を見る鬼道の目が美しいのに、そんな彼を見るのが辛くて、そのうち自分が鬼道をどう思っているのかというところまでたどり着いた。
 いつかチャンスが訪れるだろう、そんな風に考えていた矢先、絶好の機会はこうして訪れたというわけだ。だが、弱った獲物を狩るほど、残忍にはなれない。

「ふ……、っは……ふどうっ」

 その口はその名を呼ぶために開かれ、その腕はその名を持つ背にすがり付いている。

「ッ……は、ぁぁあ……ッ!!」

 それでもなお、亡霊は彼の心を持っていったままで、おそらく永遠に、返してはくれない。円堂がそう望まないとしても、鬼道の心は既に残っていなかった。腹の、中ではなく外に撒き散らされた精液を指で絡め取って、鬼道は笑う。

「紳士だな」
「はぁ? どこが」
「……いや、いい」

 それを口に運ぶと、歯列が開いて赤い舌が現れる。背筋がぞくりとするのを感じて、不動は唾を呑んだ。

「もっと悦くしてやるよ?」

 起き上がった鬼道の、耳元に囁きかけると、今度は不動が笑われる番だった。

「やってみろ」

 その不敵な笑いかたは、昔から変わらない。頭をもたげた独占欲を慌てて隠し、不動は今現在得られる限りの幸福だけに意識を向けた。ずっと守ってきた美しい花は、実を結ぶことは叶わず塵になってバラバラにどこかへ飛んでいく。もう、後戻りはできない。






 不動はぎこちなく無作法で、意外なほど優しかった。
 あの人に会ってから自覚した性癖は、周りに対して綺麗に隠し続けて来たが、芯に同じものを持つ者はお互い自然に匂いを感じ取るものである。高校生の頃は若さ故の勢いに任せ、反抗期さながら誰とでも寝た。勿論、周りに言いふらすような低能や依存するような阿呆に付き合っている暇は無かったから、相手は選んだ。

 不動が自分を見る目は何か違うと気付いていたが、彼をベッドに連れ込む候補に入れたことはない。円堂と豪炎寺に対する感情は崇高すぎて、欲情はしても候補に入れるなんて考えられなかったが、不動はまた別の理由だった。今思えば不思議だが、多分、向こうが常に距離を置いていたから、敢えてその腕を取り引っ張ることをしなかっただけのことだ。黙っていても声をかけてくる相手は他にいくらでもいた。
 円堂は持ち前の許容力で不器用な鬼道に優しくしてくれたが、彼の魂は長年寄り添い支えてきた女性と対になっていた。そのことに、鬼道は特に怒りも悲しみも感じなかったが、体は放出しきれない熱を帯びたまま取り残された。それを、ひたすらサッカーに没頭することで封印してきたのだ。

 不動の体温の高い手が胸板を滑り、暗闇のなかで気づいた。いま、自分は無防備だと。だが、太陽を失って、何を見ろというのだろうか?
 朧気によみがえる記憶を抱きながら、鬼道は快感に応え、声をあげていた。自分でもおかしいとは思う。だが、それ以上どうする気もない。今となっては、何もかも空虚で、無意味に感じた。
 鬼道はシャワーを止め、バスタオルで体を拭いて着替える。髪を留めていたゴムを外し、バスルームから出た。携帯電話の画面を点ける。あれから、突然帰った兄を心配する春奈のメール以外、誰からも連絡はない。佐久間は気を遣ってくれているのだろうし、豪炎寺もショックで何もする気が起きないのだろう。電話するべきかメールにとどめておくべきか考え、結局何もせずに春奈へ電話をかけた。

「おれだ。メール、ありがとう」
『ああ良かった。大丈夫? ふと気付いたら兄さん居ないんだもの、みんなに聞いたら一人で帰ったって言うし……』

 いつものではなくて、いつもの明るさを装った声が、電波に乗って聞こえた。鬼道は少々、動揺を自覚する。

「すまなかった、大丈夫だ。何か動きはあったか?」
『ううん……明後日、予定通りミーティングだよね?』
「ああ、」

 ミーティングの内容や準備を確認して、電話を切った。きっと世界中が空しさに包まれている。失うはずがない――と思っていた――ものが突然消えて、予想もしていなかったのだから、余計にダメージは大きい。
 何もない、こんな世界に意味があるのだろうか。それでも顔を上げて、生きろ、諦めずに戦えと、彼は言うだろう。フレームに入れて飾った亡き友との写真を見やり、鬼道は部屋を出た。




 鬼道を抱いたのは同情からではない。それを伝えたところでどうなるでもなく、伝えなければ今までと同じはずだった。
 円堂の葬式から一週間しか経っていない。それなのに、いまの状況を利用して鬼道を手に入れようと算段する自分もいる。不動は自嘲気味に笑って、愚かな考えを払い落とす。
 いまの自分は、自分だけに許された身代わりにすぎない。そして、もしこのまま変化を求めないのならば、永遠に鬼道の傍に居られるだろう。ただそれだけで、充分だった。

 自分でも馬鹿だと思う。半ば強引にタクシーに乗った時、オレはきっとこの為に生きてきたと身勝手な感情が先走って、涙をひとつぶ自分に嘲笑した。
 後を追うほど弱い奴じゃない、独りでも大丈夫だとは分かっている。強引に押し掛けて側に居るのは、全て自分の為だ。叶わない想いのままでもいい、くだらない中学生の意地を張り続けたまま、後悔して死ぬのだけは嫌だと紫色の座布団に座って青ざめたからだ。今ごろ気づくなんて、馬鹿にも程がある。もう一度キスできるなら、殴られて追い出されても思い残すことはない。
 スーパーのビニール袋を下げて歩いていると、マンションの玄関脇の植え込みの陰に三毛猫が座っていた。

「なんだ、お前もどっかで飼われてンのか?」

 ぐるる、と喉の奥で返事をする毛むくじゃらは人間に慣れているようで、不動のことはお構い無く毛繕いを始める。肩が綺麗になっても動く気配が無いので、頭を撫でてやると、ぐいーっと自ら手に擦り付けてきて喜んだ。
 自分も野良猫のようなものだ。気まぐれな人間が家に入れて、好きなだけ可愛がってやるのと似ている。




 夕飯の済んだキッチンを片付けて、なんとなく高価そうな借り物の服を気にしながらソファに座ると、鬼道が水の入ったコップを手にやって来た。

「サンキュ」

 受け取って、冷たい水で喉を潤す。てっきり向かいへ座るのかと思いきや、通りすぎて鬼道は寝室へ向かう。
 平手打ち一発にしておけばよかったのに、そうできない自分がいた。いま叩いたら固く閉ざした鬼道の心は粉々に砕け、二度と元に戻せなくなる気がした。

「不動」

 呼ばれて、声のした方を見る。鬼道がリビングと廊下の間で立ち止まり、振り返るようにしてこちらを見ていた。その目はまだ浮腫んでいて、虚ろで、悲しみの後の疲れが見える。不動は水を飲み干して立ち上がった。
 森の中で鹿に出くわした男のようにゆっくりと近づく不動を、鬼道はじっと待つ。
 いつまで居ていいのか聞きたかったが、迷いが声を閉じ込め、やめておけと囁いた。それなら明日の予定をさりげなく聞けばいい。立ち止まらなければ、このまま手を伸ばして鬼道を捕まえてしまう。……だが、鹿に逃げる気はなかった。
 鬼道の鍛えられた体を壁に押し付け、口内をまさぐって、腰を撫で、それでも心には触れられない――触れさせない自分に、僅かに同情を覚える。まだ、子供じみた憧憬にすがっているのか。
 ふと嫌悪感が沸いた。押し付けてくるわざとらしい気色の悪さは、自虐となって鬼道を取り囲む。下心を露呈させ、どうだ気持ち悪いだろう、嫌なら逃げればいいとでも言わんばかりのキスに、鬼道は応える。今すぐ追い出して、永遠に口を利かなくなっても構わないのに。

「ちょっと、待て……」

 息継ぎの合間に、鬼道は後ろ手で寝室のドアを開ける。ドラマみたいに、服を脱ぎながらキスを交わして、ベッドに倒れ込んだ。
 一度だけならば、友人と寝てしまったとしても"若さ故の過ち"で笑って水に流すこともできただろうが、たったいま引き返せない道へ入ってしまった。もう元の"友人"には戻れない。そして鬼道から拒絶しない限り、不動は利用されるために存在し続ける。罪悪感が空虚の前に、静かに腰を下ろした。

「あ、ハッ、んン……ッ」

 昨日は半ば我を忘れていたが、今日はハッキリと自覚して、意識している。不動は整った顔に歪んだ笑みを浮かべた。

「鬼道クンて、けっこうエロいのな」

 熱を持ち始めていた下半身を握り込まれ、鬼道は腰をくねらせた。熱い吐息に理性を溶かされていく。

「っは……お前に、言われたくない」

 体勢を入れ替え、鬼道は自ら腰を落とした。切なげに喘ぐ鬼道の、思考を奪うようなキスをして、理性を壊すように突き上げる。なめらかな肌を撫でて、少し筋肉が落ちたことを知った。
 できるだけ丁寧に、優しく、だけど強く。多くを与え奪いたいと思いながら、同じことを自分が求めていると気付く。
 身体を支えるためでも、肩に回された腕と、しがみつく両手が心を掴む。そのまま、握り潰して欲しいと願う、冷たい夜が更けていく。




 暗闇に横たわる滑らかな背中を眺め、不動は微睡む。この瞬間で世界が終わってしまえばいいのにと願ったが、秒針は規則正しく刻み続ける。
 なに、アイツに顔向けできないとか思い悩んじゃってるわけ? 相変わらずだねぇ。お前の親友だろ、幸せになって欲しいって思ってるに決まってるじゃねーか。生きたいように生きなきゃ損だぜ? ――なんて、言えるはずもない。
 相手が自分じゃなかったら、今この関係さえも崩れてしまったら、そう考えると恐ろしくなる。それに、そんな大口を叩けるほど信頼されているとも思えなかった。不動は溜め息を吐き、来て欲しくない朝の為に目を閉じた。






 隣で寝息をたてているのを見て、昨夜の甘さがよみがえった。
 大抵、こういう朝はげんなりする。腰は重いし、普段はならない変なところが筋肉痛になりかけている。いくら甘くて心地好い瞬間を過ごしたとしても、後味も良いとは限らないということだ。
 最初に事件を聞いてから、気付けば一週間qrqが経っている。やけに慌て、焦り、珍しくパニックになっていた――それでも彼の場合は違いが微妙すぎて分かりづらいが――豪炎寺の声が耳にまだ残っている。病院へ駆けつけたが、その時にはもう全てが止まっていた。葬式まで数日、通夜にも顔を出した。ずっと眠れない か、悪夢ばかり見た。むしろ、夢の中にいるのだと思っていた。
 それが今は、疲れ果てて熟睡している。鬼道は鏡の中の自分が昨日までと別人のように見えて驚き、苦笑した。これだから欲求不満はいけない。セミダブルの半分に窮屈そうに寝ている男を見やり、また一つ皮肉混じりに感謝の念を送っておいた。

 シャワーを浴びて身仕度を済ませ、なんとか食材をかき集めて、かつてないほど質素なスープとパンを用意した。ここ最近ろくに料理もしていないことを改めて実感した。これでは体調を崩してもおかしくない。今日こそ帰りに買い物をしなければ。
 不動が、貸したというより与えた服に着替えてやって来た。しかしあげると言っても、趣味じゃないとか何とか理由をつけて返してきそうだ。
 椅子にかけてあるジャケットを見て、不動が言った。

「どっか行くの」
「本部でミーティングだ」
「本部?」
「今は吉良グループのビルにある」
「へえ」

 欠伸をひとつ、水を飲んでカウンターに座る。皿とスプーンを目の前に置くと望み通りの的確な位置に置き直し、パンを渡せばトースターに入れてくれた。

「オレも出るわ」
「どこへ?」

 つい、義務的に聞いてしまった。スープを注いだカップを渡しながら、誤解されなければいいがと身構える。

「ホテル」

 とうとう出て行くのだと知って、寂しさが押し寄せてきた。

「そうか」

 それ以上聞けず、隣に座る。パンが焼けるまでの数分間、鬼道は沈黙を味わった。
 体を繋げた相手には、よほど酷い人間でない限り、どことなく情が移る。現金なものだ。しかも今回の相手は、同じフィールドに立ってきた仲間だ。

 出掛ける直前、今しがた引き出しをひっくり返して探したとは思えないような涼しい顔で、靴を履く不動に銀色の鍵を渡した。

「これがあれば、いつでも好きな時に出れるだろう。用が済んだらドアポストに入れてくれればいい」

 いなくなるなら自分が帰る前に出て行って欲しい。なんと勝手な人間だろうか。

「……了解」

 不動は少し笑って、一瞬鬼道を見つめた。何も言わず去っていくのには、何も言うべきでない。マンションの前で鬼道は背を向け、不動と逆の方向――駅ではなく駐車場へ歩き出した。




 ミーティングは滞りなく終わった、と言えば嘘になる。やつれたヒロトは心ここにあらずだったし、佐久間と春奈は自分達も手いっぱいなのに鬼道に気を遣いすぎていて、その上肝心の今後についての計画は何も決まらないどころか、案は出ず形さえ見えてこなかった。誰もが、立ちはだかる絶望に必死で抗おうとしていた。 そんなだから予定より半分の時間で切り上げ、各自よく休息するように伝え、早々に帰ってきた。
 春奈を途中まで送っていった時、思ったより元気そうと言われて、内心苦笑した。昨日まで不動が居たと理由を話しておいたが、それだけでは納得のいく理由にならないと自分でも思う。春奈は話し相手が居て良かったと微笑んでくれた。
 だがもういない。これで良かったのか悪かったのかどうかも曖昧なまま、不動は去っていった。引き留めるべきだったのかもしれないと悩みながら適当に食材を選び、買い物袋をさげて帰宅してみれば、不動の靴がある。まさかと思ってリビングへ急ぐと、ソファの上にあぐらを組んでテレビゲームをしている不動がいた。

「なんでまだ居るんだ」

 呆然として尋ねると、振り返りもせずに返事がくる。

「迷惑?」
「いや、そういう問題じゃないだろう」
「じゃあどういう問題?」
「……驚いただけだ」
「夕飯、何がいい?」
「任せる」

 ゲーム機とテレビを消し、不動は弾みをつけてソファから降りる。それを横目で見て、鬼道はジャケットを脱ぎながら自室へ向かった。リビングの隅に、申し訳なさそうに立っていたスーツケースを見つけ、そっと寝室へ入れてやる。
 何も求めてはいない。期待もしていなければ、何かを育む気もない。彼の気持ちを知りながら、知っているからこそ何も知らないような顔をして愛撫を受けとるだけだ。なんて卑怯なのだろう、他人のことは言えない。
 だが、もう悩むことにも疲れてしまった。






 食事をちゃんと摂らせるようにして、出すものを出させてやってから、確実に顔色が良くなったように思う。決して自意識過剰などではない。
  昨日泊まっていたホテルへ向かい、チェックアウトを済ませ、スーツケースを持って鬼道の家に戻った。チケットを取るのも面倒と言うか、飛行機に乗るつもりは毛頭なかった。放っておいても平気なふりをするのだろう、もう側にいてもただ体を慰めるだけの役しか残っていないことも分かっている。
 それでもいつか自分が死んだ時、少しでも多く思い出して欲しいと、女々しい願いを抱いて鍵を開けた。まさか合鍵を渡してくるとは驚いたが、僅かな不快感と効率なら、効率の良さを取る男だ。帰ると思ったのだろう、鬼道の表情を思い出して一人ほくそ笑む。

 暇潰しに買ってきたゲーム、お目当てのサッカーシミュレーションは当然販売されていなかったが、とりあえず目についたソフトを二、三本購入した。全く関係ないものでも、何かの足しにはなる。意外なところにヒントは転がっているものだ。
 ついでに着替えも、何枚か買い足した。すぐ帰ることになっても構わない、どうせ消耗品だ。時差がまだ馴染んでいなくて、会計を待つあいだ生欠伸を噛み殺す。消耗品――自分もか。

――なんでまだ居るんだ

 帰ってきた鬼道の驚いた声には、ほんの微かに喜びが混じっていた。気のせいだったかもしれないと思うくらい、ほんの微かに。だが気のせいだったとしても、彼は実際に怒ったり追い出したりしなかった。少しでも拒絶してくれれば、すみやかに出て行ってやるのに。
 彼の待つ言葉は自分には期待されていないし、口が裂けても言えない。それでもここにいることには意義がある。不動はとっておきのレシピで、スープパスタを作った。鬼道は残さず平らげてくれた。念のため、さりげなく「多かったら残せ」と伝えておいたが、杞憂だったらしい。






 今日も肌を重ねて眠った。不動はまるで、同じベッドで寝る権利を獲得するために悦ばせようとしているかに見える。何にもすがらず、感情を隠し閉ざしたままだが、彼の愛撫には応え自ら腰を振った。声が耳元に漏れるたびに、不動は己の存在を打ち付けてこの体に刻み込もうとする。快楽の余韻などすぐに消えてしまうのではないかという不安は、まるで波打ち際で砂に文字を描いている時のようだ。
 虚しく、何もかもが曖昧な世界のなか、不器用な男と二人きりで過ごしている。
 快楽は中毒的だ。一度手をつけてしまったら止めることは容易くない。それを与え続ける彼の姿に憐れみを感じてしまう。それは振り払ってはつきまとうもやのような混沌の中から、這い出そうともがくことをやめてしまったことの原因のひとつだ。落ちた先で待ち構えていた不動が傷に泥を塗るのなら、敢えて受けてやろうと自暴自棄になる。
 葬式から十日、豪炎寺から連絡はない。何度か電話をかけたが、電波が届かないか電源が入っていないようだと言われるばかりだった。コール音が続く時もあるため移動しているのだろうが、故意に無視しているのか面倒に巻き込まれたのかまでは分からない。リビングを歩き回っていた足が止まる。前者だとしたら、何を考えているんだ?

「いつまでそうやってんの? 放っとけよ」
「放っとけるわけがない! あいつが一番辛いはずなんだ」

 立ったまま携帯電話を睨む鬼道の脇を通りすぎ、マグカップを持ったまま背もたれを跨いでソファへ乗りあぐらを組んだのを睨み付けた。

「親友からの電話を無視してまで何やってんだかね」

 親友、という単語を強調する言い方に、つい八つ当たりしてしまった。

「お前こそゲームばかりして、勝手に人の家に居座って、何がしたいんだ!」

 不動は振り返らず答えない。八つ当たりであることも、言った瞬間に後悔したのも見透かされているような気がする。彼が明け方、鬼道のランニングとずらして一時間ほど出掛けるのに気付いているが、知らないふりをしていた。一緒に走ればいいのにと思いながら、声をかけない自分も卑怯者だ。

「すまない――」
「べつに、」
「違う。出て行って欲しいわけじゃない……」

 居て欲しいのかと聞かれれば、首を横に振りたい。不動も円堂を慕っていた、こいつもうちひしがれ、こうやっておれに依存しているしかないのだ――なんて思っていたが、何をくだらない、自分が独りになる勇気がないだけだ。だが依存し合って何になるのだろうか。
 強ばっていた体の力を抜いて、黙ったままソファに凭れた不動を見やると、仕事部屋へ引きこもる。パソコンが目に入り、頭の中でバラバラだった糸のうち数本が繋がった。泥は汚いように見えて、ばい菌から傷を守り、微生物によって治癒していくのだ。




 夕飯だと呼びに来るまで、目まぐるしく流れ続ける情報の渦にかじりついていたが、円堂の事故は『偶然の悲劇』であり、それ以外のものは何も見つからなかった。 メディアはサッカー界を襲った悲劇を禁止令と絡め、人々の心を悲しみで満たし同情を買わせようとしているが、ニュースだけでなく個人のファンのブログなどにも一切、事故の真相について疑うような空気は見られない。不自然なほど、何もなかった。

「メシできたけど」
「ああ。今行く」

 近づいてきた不動が肩越しに画面を覗きこむ。

「で、なんかあった?」

 回りくどいやり方だが、不動としては勝手に他人のパソコンを使用するのは道義に反するし、鬼道にやらせることで自分の考えを客観的かつ明確に伝えようとしたのだろう。

「いや、何もない」

 思っていた通りだとでも言いたげに鼻を鳴らした渋そうな顔を見上げる。
 偶然の悲劇にしか見えないように、全てを諦めるように、誰かが意図的に仕組んでいるのだ、あの時と同じように。
 急にもう一本、糸が繋がり、鬼道は携帯電話を開く。豪炎寺にもう一度電話をしたが、やはり何度鳴らしても出ない。仕方なくメールを打った。

"なぜ電話に出ないんだ。円堂は本当に偶然の事故だったのか? お前は大丈夫か? 協力は惜しまない。無理はするな"

 リアクションを待つ間、食事を済ませ、ソファでひたすら携帯電話を握りしめていた。
 真夜中のベッドの上でやっと携帯電話が着信を知らせたが、届いたのは電話ではなくメールだった。件名の無い豪炎寺のメールには、"心配をかけて悪い。今は理由があって話せないが、俺は大丈夫だ"(とだけあった。
 腹ただしさと安堵が混じってどうしたらいいか分からないまま、携帯電話をサイドテーブルに乱暴に置く。

「……豪炎寺は無事らしい」

 ため息と共に言うと、不動はまた考え込んだようだった。並んで横たわり、天井を見つめる。たぶん同じことを考えているのだろう。

「おやすみ」

 寝返りを打った不動の背を眺め、再び天井に目線を戻す。

「明日から、一緒に起きろ」

 周りが静かだったから、つい小さな声で言った。聞こえなかったかと不安になった頃、不動がくぐもった声で言った。

「どっちに合わせんの?」

 眠くて、先程までの苛立ちはどこかにしまわれていた。鬼道は欠伸をし、目を閉じる。

「間を取る」

 無性に甘えたくなった。眠いせいだろう。隣の肌に触れていたい、体温を感じていたい、繋がりを信じていたい。他の誰でもないただ一人の――――誰の?
 鬼道は眠りに落ちていった。







 決して解けない謎を抱えたまま二週間が過ぎた。佐久間は会うたび少しずつ以前の態度に戻っていったが、それは鬼道の様子が不安になるレベルではないからだ。春奈は何か知っていそうに感じたが、兄にまで言わないということは余程のことなのだろう、聞いてしまったら、隠し続けている豪炎寺と同じく彼女に危険が及ぶかもしれないと思い、気づかないふりをした。
 だが楽な生活ではない。円堂の死が事故によるものでないとすれば、その元凶を一刻も早く打ち倒したいのに、それができない。もどかしさが募るばかりで、虚しさは変わらなかった。
 父親と会社の話をして家へ帰る途中、携帯電話が鳴った。画面に表示された名前を目にして、慌てて通話ボタンを押す。二週間待ち続けた電話だった。

「一ヶ月もどうしていたんだ?」
『すまなかった。今から会えるか』

 身体中がざわついた。豪炎寺の声はわずかに高揚している。何が原因であれ、安堵に深く身を沈める自分がいた。
 豪炎寺が指定したのは、夕陽がよく見える、円堂のお気に入りの場所だった。ここで何度も待ち合わせ、色々な話をした。三人一緒で、いつも笑っていた。
 その円堂がまだ生きていると聞いて、全てがひっくり返った。砂漠に水が流れ、空に星が光り、世界は再び色づいた。同時に、ひとつの世界が音もなく崩れた。




 珍しく電話がかかってきて、洗い物をしていた不動は急ぎ手を拭いて携帯電話を掴んだ。留守電に変わってしまうと面倒だから、その前に出たい。慌てていたので画面に表示された名前を確認し損ねた。

『遅くなったが今から帰る』
「あ、」

 なんだ鬼道か、しかし彼がわざわざ電話してくるのも珍しい。何かあったのだ。

「そう、――何?」
『――何?』

 豪炎寺と会うから少し遅くなるという内容のメールをもらって、じゃあ夕飯はいつ作りゃいいんだよと独り愚痴をこぼしたのがつい先程のことだ。温めたらいつでも食べられるようにと米を炊いてカレーを作ったが、何かが足りない。鍋の火を止め、不動は携帯電話を耳に当てたまま家を出てスーパーへ向かった。鬼道の僅かな間を、不自然に感じる。

「イヤ聞き返すなよ。アイツ生きてんの?」

 すっかり暗くなった住宅街を歩きながら、頭の半分で何のスパイスが足りないか吟味しつつ、もう半分で鬼道の様子を探る。向こうからは雑踏や車の音が聞こえてくる。鬼道の声が低くなった。

『なぜ分かるんだ……知っていたのか?』
「は?」

 後半は怒気を帯びていて、その理由を探して脳がフル回転する。

「マジで? 円堂が?」

 豪炎寺の精神状態に皮肉を言ったつもりが、代わりに引いたネタのあまりの大きさに愕然とする。もう少し言葉を選べばよかった。鬼道も失言に気付いたらしく、しばらく沈黙が続いた。それは言い換えれば肯定と同じだった。
 不動は深い後悔の中で安堵に包まれる。最初から期待などしていない。もし運命が二人を結びつけていたなら、もっと早い段階でハッピーエンドへのフラグを立てたはずだ。夢が叶わなくても手が届かなくても、それでいいと思った。

「明日出てく」
『なっ――』
「分かってんだろ、オレはお前の弱味につけこんだだけだ。友達ごっこも慰め合いも、いい加減ウンザリだろ? ……じゃあな」

 鬼道の声を聞く前に、電話を切った。そのまま電源をOFFにする。
 これでいい。このまま、この距離で、お互いの存在をどこかで感じられていれば十分だ。独りにはもう慣れすぎて、変化は何も感じない。本来手が届かないものにこころゆくまでさわれたのだから、もういいじゃないか。
 手足を吊っていた糸が切れたように、公園のベンチに腰を下ろす。早くスパイスを買って帰り、荷物をまとめなければ。だが、どうしても行きたい場所があった。今すぐ行かなければ、自分が消えて無くなってしまいそうだった。




 忙しそうな豪炎寺に時空云々の話を聞いた帰り道、円堂を取り戻せる希望が残っていると知って喜んだが、その対価に気付いて愕然とした。既に不動が消えているのではないかと不安に駆られ、気付けば携帯電話を開いていたが、その電話を皮肉のこもった台詞で切られ、しばらく呆然とするしかなかった。
 一番に感じたのは、「友達」という言葉への違和感だ。例え多少の偽りがあったとしても、一ヶ月を共に過ごした彼に対して感じたものは、少なくとも友達のそれとは違うものだった。じゃあ何だと問われれば答えられない。不動まで居なくなってしまったら?という依存的な不安に恐怖しつつ、確実に引き留められない自分の心の内を整理できずにいた。

 そんな鬼道にはお構い無しに、世界は崩れていく。自分さえも不確かな存在なのに、何も知らない彼はどうなる――明日には全てが振りだしに戻るのだろうか? この一ヶ月の憂鬱と悲壮感、虚無感と、そしてささやかな愛情さえも、無かったことにされるのだろうか。そのほうがいいとも考えた。もしも過去を変えられるなら、過ちを無かったことにできるなら――いや、本当に過ちなのだろうか?
 頭のなかに混沌が生まれる。こういう時は何も考えず、ただサッカーがしたい。

 鬼道は途中下車をして帝国学園の屋内グラウンドへ向かった。取り壊しは何とか防いだものの、出入り禁止で使用もされず封鎖されている姿は悲しみと憤りを呼び起こす。誰もいないフィールドに、ボールを置く。しんと静まり返ったグラウンドは明るすぎて、やたらと無機質に見えた。
 一人のゲームではない。足から記憶がよみがえる。ゴッドエデン島、イタリア、高校時代、中学時代――十年前の自分は、溢れんばかりの友情に囲まれていた。 それは皆が世界各地に飛んでいった今でも、変わらず続いている。最初から円堂がいない世界でなら、彼を選べたのかもしれない。自分勝手な想像に心がねじ曲がりそうになる。

「何してんの?」

 膝の横を足で軽くつつかれて、いつの間にか背後に来ていたことに、自分が思考に没頭していたことを知る。だいいち、彼を傷つけてしまったと思った、もう二度と口を開きたくないほどに。だが当の不動は、感傷的になったせいで駆けつけた懐かしいグラウンドに佇む鬼道の背を見つけた瞬間、自分の中の愛情を再認識していた。神なんて信じていないが、チャンスを与えてくれたのは偶然の賜物だ。諦めるなと誰かに言われている気がした。だから、声をかけた。帰れと言われても構わないと思いながら。

「……いつからそこにいた」
「んー、十年ぐらい前から?」

 軽々しい声でそんなことを言う口を叩きのめしてやりたくなったが、彼が来た時に堪えた涙が滲んで、それどころではなくなった。サングラスをかけたままで良かったと思いながら、瞬きをして水滴を眼球に馴染ませる。

「お前まで、おれを甘やかすのか」
「さあ……鬼道ちゃんってドM?」

 苦笑に返されたふざけた台詞は聞かなかったことにして、振り返ると視線が交わった。不動は一瞬考えたのち、鬼道の足元にあったボールを蹴り飛ばし、そこへ向かって唐突に駆けていく。咄嗟に追い、近づくとボールを得た彼は本気を出して走り始めた。速さは互角だ、必死に追いかけて回り込む。不動のフェイントを読んでボールを奪い返そうとするが、芝も整備されていないし、スパイクでないと微妙な加減が狂う。ターンして反対側のゴールへ向かう不動を並走して追いかけると、パスでボールをよこしてきた。鬼道は誰もいないゴールポストに蹴り入れる。張り巡らされた使用禁止のテープを掻い潜って、ネットが揺れた。

「あのさぁ。詳細、よく知らねーし、知る気もねぇけど、――取り戻すんだろ?」

 しゃがんで呼吸を整えながら、不動が叫ぶ。

「ああ――!」

 答えて、体の熱さにまた目が潤んだ。

「行けよ」

 はっとして、彼を見る。笑っていた。傲慢で皮肉屋、プライドの高い臆病者の、自信を取り戻した不敵な笑み。

「不動……」
「なあ」

 大きな空間によく響く声で言い、不動は立ち上がる。

「オレは、お前とここに立ってるのが一番好きだ。敵でも味方でもな」

 立ち入り禁止の伸びすぎた芝の上で、鬼道は微笑んだ。
 彼は自分のことを喋らなすぎる。つまり、他人のことばかり見ている。不動はいつも側にいた。佐久間とは違う意味で、誰からも距離を置いて。だがお互いに意識して、動きを追いかけていた。一言も喋らずに。この気持ちを伝えるには、円堂とサッカーを取り戻さなければ。
 暑そうにうろうろと歩き回っていた不動が、さりげなく聞こえるように言った。

「さっき出てくっつったけどさ。もうちょっと居ていいか? カレー、すげー作っちゃったし」
「カレーか。それならオニオンライスがいい」

 面倒くさいと笑う肯定的な声に、不動がまだ居てくれると知って頬がゆるむのをコントロールできない。背を向けてネクタイをゆるめながら、懐かしいような甘酸っぱい感じを味わった。

「……やっとフェア・プレーができるぜ」

 通りがかって肩を軽く叩いた不動を捕まえ、目を覗き込んだ。至近距離の深い青緑はわずかに見開く。サングラスを外して、微笑んでやった。

「お前にはハンデをやる」

 一瞬のキスに驚いた顔を残し、先に歩き出す。すぐに追いかけてくる、芝を踏む足音が聞こえた。
 生きているうちに人が人に伝えられることは僅かだ。円堂が戻ればこの不動はいつか居なくなり、憂鬱な一ヶ月はきれいさっぱり無かったことにされる。おそらく彼の記憶は修正され、おれたちは本当の世界を歩いていくのだろう。
 だがもう一度会えたならその時は、回りくどいやり方をしなくてもいい。





おわり



2013/08/14
2016/06/26加筆

紫さんに捧ぐ

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©2011 Koibiya/Kasui Hiduki