<貪欲系彼氏。>






 会うなり、鬼道にキスをされた。挨拶ではなく扇情的な。別に断る理由はない、ちょっといつもと順番が違って驚いただけで。元よりそのつもりだったから。
 だけどいつも、順番があった。まずコートを脱いで、座って少し会話をして、飲み物を飲みたければ飲んで、風呂に入ってから、ベッドインという流れの順番が。
 別に順番なんてどうでもいいけど。人間は、いつもと違うと不安になる生き物だ。

「どーかした?」

 やっと自由になった唇で、からかい気味に問う。

「おかしいと思うかもしれないが……今すぐ繋がりたい」

 思わず吹き出した。

「ぶはっ……直球ストレート」

 からかわれて、鬼道があからさまに不貞腐れる。

「確かにおかしいな、でもいいよ。付き合ってやる」

 そう言ってキスしたオレの頭を押さえるように掴み、鬼道は舌を絡ませてくる。今日は攻めたい気分らしい。
 大人しく押し倒されてやる。

「なんだ、その態度は。気に食わんな」
「好きにさせてやるってのに?」
「その態度だ」

 ふふ、なんて笑いながら服をジッパーを下げるから、ぜんぜん不機嫌に見えない。
 挨拶代わり、下着越しにナデナデされて、オレはすっかり元気になる。鬼道がズボンを脱がしてくれる間に、オレは自分でシャツを脱いだ。あっという間に全裸になったら、今度は鬼道のベルトを外す。かちゃかちゃ、この音がすると気分が高まるんだ、これからイケナイことするっていう気分が。

「どうして人はセックスするんだ?」
「なに。哲学?」

 その肉体を惜しげもなく晒した鬼道が、オレに覆い被さる。

「知らねーよ、んなん。人によってちがくね」

 肩をすくめて見せる。

「じゃあ、おまえはどうしてだ?」

 至近距離にある唇を、下から迎えに行く。ひとしきりキスして、肌を撫でる指先に、どうしようもなく愛しくなる。
 前戯なんてどうでもいい。

「実感したいから」

 答えると、鬼道が納得した顔をしていた。

「おまえは?」
「そう……だな。実感したい」
「パクリは無しだろ」

 そう言って笑うと、鬼道は困ったように笑い返した。
 オレのアナルに鬼道の長い指が入ってきて、優しく掻き回す。

「愛したい、から」

 結局、同じことだ。どちらからともなく唇を重ねて、舌を絡める。オレはどろどろに溶けたチョコレートみたいに朦朧として、滑らかで濃厚なクリームみたいな鬼道と交わる。
 ほぐしたアナルにゆっくりと挿入されて、強く息を吐いた。鬼道の質量と体温を感じ、荒い呼吸を聴く。

「ハッピーバースデイ、鬼道有人」

 肩に顎を乗せたまま囁いた。オレの腰に回されていた鬼道の手、十本の指先に、ぎゅっと力が込められる。
 ささやかな、精一杯のサプライズ。
 これがやりたくて、特別な日のはずなのに今までしれっとした顔で過ごしていた。
 鬼道には、思いの外、効果的だったらしい。

「不動……、あいしてる」

 囁き返されたそれはオレにとってはあまりにも甘すぎて、かえって苦笑を浮かべてしまうくらいのセリフだったが、体は無意識に反応してしまう。同時に鬼道のペニスも、オレの内側でさらに大きくなったのが分かった。
 もういいんだ。どこまでも甘くなればいい。とことん甘くなって、熱で溶けて、どっちがどうだか分からなくなってしまえばいい。
 唇を唇でなぞり、手繰り寄せるように重ね、ゆっくりと舌を絡める。開き直って、鬼道の体に足を巻きつけ、密着させて、自分から腰を揺らしてやった。

「ぁあッ、んッ、ふっ……く、ぅうッ……」
「んぁ、くぅッ、はぁッ、はぁ……ッ」

 呼吸が激しくなってイキそうな鬼道を支え、下から煽りながら、オレは、死ぬなら今がいい、と思った。もちろん仮定の話というか、実際に死ぬわけではなく。
 それほど貴重で最高の幸福に思えた。

「ッア、きど――――」

 口を塞がれて、顔にかかる息を、小刻みに震える腰が送り込む精液を、密着部分に生じる熱を感じる。
 お互いの生命を感じる――オレたちは、生きている。

「はぁ、はぁ……」
「……復活、早くね?」

 鬼道がイッても繋がったままで待っていたら、またオレの中で勃起してきた。まだまだ、これから。
 愛に飢えた坊っちゃんは、小さな穴に思いの丈を注ぎ込む。受け入れて欲しいだけなら誰でもいいだろう。オレを選んだのは、オレだからだと理由もなく信じてる。

「お前まだイッてないだろう」

 鬼道はゆるゆると腰を揺らし始める。
 本当はさっき、鬼道が出す直前にイッた。ドライだったし、鬼道は意識が飛んで気付かなかっただけだ。でもそんなことどうだっていい。何度絶頂を迎えても、どんなに満たされたと思っても、もっと欲しくなるのだから。

「お前こそタチばっかやってていいの?」
「む……今日はそういう日だろう」

 いつだったか、誕生日だから甘やかしてやると、何でもかんでも好きなようにさせて、鬼道に合わせたことがあった。オレの誕生日も、鬼道が甘やかしてくれた。
 でも実を言うと、特別な日だからとかいうのは、ただのこじつけた理由に過ぎない。いつだって甘やかしたいのだから。

「んじゃ、もっかい出したら……、ドライでもイかせてやるよ」

 抱き寄せれば胸板が密着する。鼓動が直に伝わるみたいで面白い。照れ隠しも含めてキスをするけど、してもしなくても今はもう歯止めが効かないとこまできてる。
 お前が欲しくてたまらない。
 でも手に入らないことも分かってる。ヒトはモノじゃない。
 だから何度でも求められると思えば……、ああ、オレたちはなんて幸せな生き物なんだろう。








2016/12


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