※人狼ゲーム風世界観
狂人✕占い師(大人のすがた)
マナとか言ってますがMPのことだと思っていただければ……自己解釈てんこ盛りオリジナル設定カーニバル
切ない雰囲気です







<水晶の心>






 ひっそりと夜がやってくる。
 鬼道は読み終えた本を閉じて椅子から立ち上がり、暖炉の上のロウソクに明かりを灯した。暖炉はまだ沈黙したままだ。あと数週間したら必要になるかもしれないが、今夜は適度に過ごしやすく、心地良い風が吹いている。
 それよりも、自分のことが鬼道は心配だった。
 季節の変わり目のせいか、マナが乱れやすくなっている気がする。
 池のそばに建っている小さな木の家は、乾燥させた薬草の束や本がいっぱいに詰まっていて、暖炉の前には大きな水晶玉が置かれていた。
 真実を映す透明な球体は、今は静かに鎮座している。

 占い師は生まれつき霊感を持っている。しかし自身のマナが乱れたり減ったりすると、霊感を使って未来を見ることも、真実を探ることも難しくなってしまう。
 マナとは、簡単に言えば生命力エネルギーのことだ。良いマナがたっぷりと満ちていればあらゆる事がうまくいき、逆に萎びたマナや澱んだマナであったり、良いマナでも著しく減ってしまったりすれば、体調不良になり思考も行き詰まる。
 そして、乱れやすいマナはすぐに減ってしまう。鬼道は自身のマナをコントロールする術を心得ており、常に冷静沈着でいる訓練を積んでいた。しかしどうも、このところマナが乱れやすく、減るのが早くなっている気がしてならない。
 水晶玉を覗かなくても、乱れる原因には心当たりがあった。

「よぉ」

 唐突に、裏口からひょいと顔を出す男。黒い外套に身を包み、フードを目深に被っている。
 鬼道はただちらと視線をやっただけで、男が中に入ると戸の鍵を閉めた。
 さっさと部屋の奥へ行き、ベッドへ腰を下ろす。男は外套を脱ぎながら、ゆっくりと後を追って来た。麻のシャツに長ズボン、ありふれた地味な服装が、整った顔を引き立たせている。

「なんだよ、挨拶もなしか。つれないねェ」
「目的があって此処へ来ているのだろう、不動。ならば早く果たせ」

 不動と呼ばれた男は、無造作に肩まで伸ばしたくせ毛を首の後ろで一つに括ると、静かにため息をついた。

「まぁ、その通りだけど……。目的、ねェ」

 目を細めた不動が見ている前で、鬼道はテキパキと自らの着ているものを脱いでいく。色付き眼鏡の鎖を外し、靴を脱ぎ、ローブを落とし……一番下に着ていた、寝間着にもなるやわらかい薄茶色のロングシャツ一枚になった時、不動がその手を掴んだ。

「どうせなら、ちょっとは楽しもうぜ?」

 そう言って顎の付け根に唇を寄せる。くすぐったさとそうではないものがぴりっと肌を走り、鬼道はとっさに奥歯を噛んだ。

「おれにとっては、楽しむことなど――」
「どうでもいい、か?」

 本当に?
 不動の手が体をまさぐり、その声が心をかき乱す。
 この男の正体は分かっている。ただの村人ではない。惑わされてはいけないと知りつつも、その言葉のすべてがまやかしではないと、鬼道は無意識に信じていた。
 善でもなければ、魔でもない。

「お前は自分が村の一部だとでも言うつもりかよ。人形じゃねぇんだから、ちょっとは気ままに遊んだって罰当たらねぇだろ」
「おれ、は……」

 よく分からない。惑わすのが目的でないのなら、どうしてそんなことを言うのだろう。
 人は誰しも役目を持って生まれてくる。鬼道のように占い師である者は、知恵と予言によって村を守るのが役目だ。だから幼い頃からずっと、そうしてきた。
 十四歳になった頃、不動がこの村へやって来た時も、夢で既に彼を知っていた。ただでさえ放浪者だというのに、謙虚でない不動の態度に住民たちが騒ぎ、最初は悪い事ばかり起こった。だが次第に、不動が纏っていた禍々しい気は薄れていき、かれこれ十年ほど落ち着いた暮らしができている。今は村の外れに住んでいて、狩猟に参加する以外は協力もせず、不動はひとり孤立していた。しかしこうやって時折、鬼道の家へ来る。

「はぁ、……」

 口付けられ、息継ぎのたびに、どうしようもなく期待が高まっていく。
 もちろん鬼道も、最初は口の悪いよそ者を信頼する気にはならなかったのだが、どうも見ているうちに、ただの天の邪鬼なだけで、根は素直な人間だということが分かってきた。魔物ではないことは明らかだ。それなら、と少しずつ話をするようになっていった。本を貸してやったり、薬草の種類と効能を教えたり、時には球蹴りをして遊んだ。それがいつしか、ベッドへ潜り込むように。
 なぜなのか分からなかった。善でも魔でもない彼が、善である村の味方を始めたのはなぜなのか。

「ん……っ」

 何度も唇を重ねてくる不動の背に、少しずつ両手を回す。服を脱ぐのを手伝いながら、じわじわとせり上がる甘い痺れにため息をこぼした。
 十年。孤立しているとはいえ、少しずつ築き上げた絆がある。円堂も豪炎寺も、他の皆も、不動の本質を見抜いているから、村に住むことを許しているのだろうと思う。
 そうまでして此処に留まる理由を、鬼道は知らない。

「おまえ……なぜ、おれに会いに来るんだ?」
「は、」

 不動が固まる。ふと浮かんだ疑問を口にしただけだったのだが、相手にとってはかなり深いところを突く質問だったようだ。

「今更、聞くか? そこ……」
「ふむ、面白い奴だな」

 珍しい表情だと思った。不動の顔に浮かんだのは、焦りと困惑、恐らく羞恥、それから喜び。
 その場で一度に分析しきれないほど、複雑な想いが、青緑の目の中に渦巻いている。池に例えれば、さっきまで透明な水が溜まっているだけのところへ、枝を差し入れてかき回したとたん、土と藻と枯れ葉と石と金とが、ぐるぐると踊るように。

「うるせー、もう黙ってろ」
「んっ……ふ……」

 再び唇を唇で塞がれ、布越しに腰を撫でられる。それだけで全身が歓喜に満たされていく。
 はじめ、こんなにも心地が良いのは、不動が優れたマナの持ち主だからだ、と思っていた。
 確かに強い精神力の持ち主だ。しかしマナにも相性がある。打ち解けやすい相手や、楽しく会話が弾む相手がいるのと同じように。精神力があるからといって、相性が良いとは限らない。

「はぁ……」

 肌に肌が重なり、熱い手が胸から腹へすべり下りていく。触れられた場所から火花のように、マナが弾け増えていくのが分かる。
 この手は鬼道の身体を知り尽くしている。いくつかは十年の間に覚えたのだろうが、鬼道が感じるものは最初からほとんど変わらない。

「おまえが……器用だからだと、思っていた……」
「……なにがだよ?」

 ベッドに押し倒されながら、鬼道は呟くように言う。
 まだ、不動はさっきの複雑な表情を隠しきれていない。それがとても、胸のなかを温かくする。
 その表情の意味も、理由も、何も分からないのに。

「おまえも感じているだろう……これはおそらく、おれ達の相性が良いからだ」

 キスをするはずだっただろう不動が、動きを止める。それから、思わずといった様子で、ふはっと笑った。苦笑なのか微笑なのか、まだ区別できない。

「相性、で片付けるんなら……オレはそれ、違う言葉に聴こえるけど」

 そして、まるで答えさせない対策かのように、太腿を撫でる。甘い痺れが広がっていき、快感と期待が生む麻薬のような歓喜で鬼道の全身を塗りつぶす。

「どんな言葉、だっ……?」

 不動は答えなかった。
 割れ目の奥へ手指が滑り込む。オイルを垂らし蜜壺を暴かれ、鬼道は身をよじる。

「ぁ、うあ……っ」

 運命。それを言ってしまったら、もう取り返しがつかなくなる。
 だが、もう誤魔化せない。誤魔化したくない。
 鬼道はねだるように不動の頭をかき抱き、額をすり寄せた。

「ふ、どう……」
「んだよ、我慢強いのが取り柄じゃなかったっけ」

 そう言って苦笑しながら侵入してくる不動もまた、すでに鉄の塊のように硬く熱くなっていた。

「は、あ、ぅくぁぁあっ……」

 滝を浴びるようにマナが満ちる。きらきらと輝いて、水しぶきのように光を散らしながら。
 もし……二人で役目から抜け出せたなら、どんなに良いだろう。
 しかし鬼道は、たとえ自分が役目から逃れられたとしても、大切な仲間たちを捨てられないことを知っている。
 だから、不動は答えなかったのだ。答えられなかった。愛する者に苦渋の決断を迫るなら、緊張感の中で何も実らない日々を過ごすことを選ぶ。そういう人間なのだ。

「ひッ……いッ……ふど……っ」

 深く挿入したまま身体を揺するたびに、奥の肉壁がえぐられる。優しく、赤子をあやすような律動なのに、降り注ぐ快感はあまりに官能的だ。
 鬼道は熱い肩に熱い指でしがみついた。いつの間にか、こんなにも、たくましくなった肩。

「くぁッ……ぁああッ……!!」

 濃厚な美しいマナと共に、男の精が注ぎ込まれる。鬼道も下半身を揺らし、奥へと誘う。口付けは深く、溶け合った。
 互いの身体に、隅々までマナが満ちていく。
 隣に寝そべった不動を見つめ、ゆっくりと深く息を吐いた。少しでも離れたら乱れてしまいそうで、鬼道は己の弱さにそっと苦笑する。
 水晶玉に、映らないもの。

「もう少し、居てくれ」

 明日なんの夢を視るか分からない。毎日マナをすり減らして、いっそ何もかも無くなってしまえばいいと思う時もある。

「随分甘えんぼうだな」

 だけど、こうして目の前でニヤリと笑う顔を見たら、何にも負けないと思える。
 守るべきものがあるなら、戦えるはずだ。いつか運命だったと言えるようになった時、最愛の相手がお前だといい。
 鬼道は返された言葉に不服を感じているふりをしながら、不動の手を取った。








end







2020/10


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