<無理やり喘がされすぎて声が枯れた鬼道くん>






 練習後に学生寮へ行き、人目を避けながら一年特待生の個室へ向かう。

「不動?」

 ノックをしても応答は無く、相手はまだ帰っていないようだ。仕方ないので、ドアの前で待つ。
 何となく、という理由で毎日続けているのは、鬼道にとってはめずらしいことだ。だが、一緒にいて落ち着く相手という以外に、理由なんて必要だろうか。

「……なんだよ、タイミングわりぃ」

 数分で不動が帰ってきたが、何か不愉快なことでもあったのか、えらく機嫌が悪い。鬼道が退くのを待たずに近付き、鍵を開けて鬼道ごと部屋の中へ入る。

「ちょっ……なんなんだ」
「うるせぇ。オレがいなくて十分たったら帰れっつったろ」
「すまない、忘れていた……何をそんなに怒っているんだ?」
「てめーに怒ってンじゃねーっよ」

 不動は、靴を脱ぎ困惑する鬼道をすぐそばのベッドへ連れて行って、勢いのまま押し倒した。

「なっ……なにをする」
「黙ってろ」

 こんな風に乱暴に組み敷かれるのは、練習中の事故以外では始めてだ。強引に制服を脱がそうとして来るので、慌ててその手を掴んで止める。だが、追いつかない。

「やめろ。不動……こんな風に、これでは……」
「ハッ、何モゴモゴ言ってンだよ。こーゆーコトしたくてオレの部屋まで来てんだろ?」
「ち、ちがう……!」

 更なる抵抗を試みたが、唇を塞がれてしまった。舌を吸われながら体をまさぐられたら、意志を無視して反応してしまう。
 時既に遅し。押し倒された時点で、もう受け入れ体勢になってしまっていたのか。不動が言うように、やはり本当は、心のどこかで期待していたのだろうか……。

「あ、ふど……っや、めろ……っ」

 先走りを塗った指を後孔に埋められて、体に力が入らなくなっていく。

「やめ、こんな……っ」
「ウソつけ。オレが欲しいんだろ? ホラ、こんなに絡みついて、いやらしい穴がヒクヒクしてるぜ」
「ひぁ……っ」

 快感は本物。しかし恋人は、別人のようだ。
 不動が手を引いた隙に逃げようとして、なんとか体を起こした。しかし背中を軽く突き飛ばされ、今度はうつ伏せに倒れてしまう。
 すかさず覆い被さる不動が、尻に股間を擦りつけてきた。

「そっか、今日はバックがいい?」
「不動……後で後悔するぞ……」
「いいからオレのモノになってろよっ」
「ふぅぁっ……!」

 ぐぷっと肉棒に後孔を貫かれ、鬼道はシーツを握り締めて悶絶した。
 コンドームも潤滑剤もなしに無理やりに行為を強いるなんて、いくらなんでもあんまりじゃないか。これでは強姦と変わらない。
 しかし、鬼道は本気で拒絶しようとは思わなかった。不服ではあるものの、不愉快ではないから。本当は、もっと違う流れを期待していたのだが。

「やめっ……ぁ、ぅぁあッ……!」
「やめてほしい? 喜んでるじゃねぇか」

 付き合って一年、何度もしているうちに少し慣れてきて、毎回多くの快感を感じられるようになってきた頃。想いを寄せる相手に求められ、悪い気はしない。
 だから感じるのは当たり前なのだが、態度が気になる。

「おらっ、もっと声出せよッ」
「くあっ、ひっ……ぁああ」

 少し乱暴にされたって、一瞬の痛みを快感が掻き消してしまう。頬を伝う涙は感情とは関わりなくこぼれる。だが心は、揺れていた。
 行為は気持ちいいのに、不動の怒りだけが邪魔だ。どうやって償わせるか考えようとしたが、次第に意識は快楽に掻き消されて、遠くなっていった。













 最低だと思う。
 翌朝、鬼道は自己嫌悪に陥っていた。こんなことなら、最初にもっと拒絶しておけばよかった。
 あれから夕飯時に目が覚め、寝ている不動を無視して急いで帰ってきたのはいいが、不満感は倍増してしまった。
 おまけに、声が掠れて出にくい。使用人には、練習で熱くなって声を張り上げすぎたと言っておいたが、理由は明らかだ。それなのに体は、少々何ともない。
 深いため息を吐きつつ教室へ入ると、不動が待っていた。
 そう、奴は鬼道を待つために、早めに来て、今か今かと出入り口を見つめていたのだ。
 だが鬼道は不動の方を見もせず、少し離れた席へ座った。

「あ……おい」

 不動が近付いてきたが、これ以上ここでモメたくないので無視する。

「なぁ、口も利いてくれねぇのかよ?」

 生徒が増えてきて、不動は自分の確保した席へ戻っていった。
 恐らくまた、後で話をしなければならないことになるだろう。その時は、ちゃんと応えなければ。

 予想していた通り、昼休みに、廊下で待ち伏せされた。
 何かありそうだと察した佐久間が、気を利かせてくれる。

「俺、先に行ってるよ」
「ああ」

 黙って歩き出すと、不動もついてくる。
 空き教室に入り、鬼道は近くの椅子に座った。不動が、隣に腰掛ける。

「あのさ……何がダメだった? 全部か?」

 鬼道は少しの間不動を睨み付けながら考え、鞄からノートとシャープペンシルを出して、答えの箇条書きを始めた。

・おれの制止をまっっったく聞かなかった。
・日常生活に支障をきたしかけた。
・合意に至らなかった。
・お前のせいで声が枯れて喉が痛い。

「……ゴメン」

 うなだれる不動の姿に、少し申し訳なくなってきた。
 だが、この怒りはきちんと解消しなければ、不動にとっても良くない。

「おれは……いちいちお前の都合に付き合っていられない。そういう相手が欲しいなら、奴隷でも作ったらどうだ」

 掠れた声を絞り出すと、不動は慌てた。

「ばっ……なに言ってンだよ!?」
「もちろん、その場合おれとは……」
「絶対やだよ! ふざけんな!」

 不動が、勢いよく両肩を掴んできた。自然に、目が合う。

「オレはお前しかいらねえんだよッ!!」

 その言葉はちょっと心臓を揺らした。
 動揺をさとられないように硬くなりながら、やや強く怒りをにじませる。

「いずれにしても、無理やりする必要はないだろう!」

 ぷいっと顔をそむけると、不動が背中側の肩に額を乗せてきた。

「悪かったって……。マジで」

 こんな風にしょぼくれた不動は珍しい。
 大切な人を怒らせて、自分の浅はかさに自己嫌悪し、落ち込んでいる。

「無理やりを、やめてくれればいいんだ」

 呟くように言うと、数秒の間を置いて肩の重みが消えた。

「無理やりじゃなかったらいいのか?」

 聞き返されたくなかった。なので、沈黙を返事にする。
 それで不動は理解してくれたらしく、ぱあっと顔を輝かせるのが見なくても分かった。

「嫌なことがあって、愚痴を言いたくないけど優しく慰めてほしいなら、そう頼めばいいだろう」
「無理やりじゃなきゃいいんだな」

 二度も確認しなくていいのに、わざとだろうか。話を聞いているのだろうか。不動の理解度に不安が出てきた。
 しかしこれ以上の会話も意味が無さそうなので、鬼道は照れ隠しに立ち上がった。

「とにかく……もう戻るぞ。次は理科だろう、廊下の向こう側だ」

 入り口へ向かって歩き出した鬼道を、追いかけた不動が捕まえる。
 壁に強すぎない力で押し付けられ、唇が重なった。
 カメラからは見えない位置。学校でキスをすることの背徳感もなかなか強烈に感じたが、驚いたのは、体の芯が熱に疼いたこと。昨日不完全燃焼だったせいだろうとは思うが、こんなキスくらいで、こんな場所で欲情するなど、今までは考えられなかった。

「離れろ……っ」

 慌てて突き放し、教室を出た。不動が笑いをこらえながら、少し遅れて教室を出てきたのが音で分かった。







 昨日とは少し違う心境で、昨日よりドキドキして、鬼道は寮の廊下を歩いていった。
 見慣れてきたドアの前に立ち、三回ノックする。パタパタと走ってくる音が中で聞こえ、ドアが開く。どこか、気まずそうな不動がいた。
 体を引くので、中へ入る。何かがいつもと違う。

「……言っておくが、おれはインランじゃない」
「えっ……あぁ、うん」

 真剣な顔で不動がまばたきをする。
 ジャケットを脱いでベッドに腰掛けると、不動がそばに立った。

「信頼……だよな。悪かった」

 顔を上げると、後悔の滲んだ微妙な色の青緑の目と目が合った。
 目配せで隣に座れと促す。

「まだ怒っていたら、ここには来ていない……」

 隣に座った不動を突き飛ばし、ベッドに押し倒す。
 不動はちょっと驚いているらしく、困惑しているようだ。

「鬼道クン……?」
「この不満を解消してもらうぞ」

 まだ少し掠れている声で告げ、不動の股間をまさぐる。
 ジッパーを下げて下着から中身を取り出すと、思い切って口に含んだ。

「あっ、ちょっ……やべぇって、おいっ……!」

 制止など聞くものか。恥も捨てて、もし自分がされたら嬉しいところを丹念に舐める。
 すぐに、太さと硬さが増してきた。

「挿れさせてやろうか」

 手で軽くもてあそびながら言うと、不動は頷いた。

「そりゃ嬉しいけど……大丈夫か?」

 それに対しての答えは鼻で笑い、ズボンと下着を脱いで不動の股間にまたがる。

「気遣うなら、体ではなく気持ちだろう……っ」

「くっ……!」

 手で軽くほぐした孔へずぷぷ……っと先端を埋め込み、腰を落としていく。
 刺激に耐える不動の顔がよく見えて、良い気分だ。腰を揺らすうち、胸の奥がいっぱいになってくる。

「はっ……はぁ……あ、不動……っ」
「くぅ、ハッ、んんッ……鬼道っ……!」

 そうだ、これがいい。
 奥まで届いて、しっかりと繋がっている感覚を、余裕を持って味わう。
 鬼道は不動の顔の脇に手を着いて、体を支えた。不動が背中を抱き寄せてくる。

「あっ……も、不動……っ」
「んっ……」

 そのままごろんと横に体を反転させられ、いつもの体勢になる。
 不動が深く挿入したままえぐるように強く腰を打ち付け始め、徐々に速くなって、鬼道は視界が白んだ。

「はっ、あっ、ふむッ、んむぅぅ――ッッ」

 昂ぶったとき唇を塞がれたおかげで、喉を傷めずに済んだ。絶頂のせいで感覚の薄いキスが、心をじっくりと満たしていく。

「はぁ……はぁ……」
「……どお? 不満、解消された?」

 尋ねる不動に、わざとムッとして見せる。

「まだだ……」

 そう言って、しかし思わず自分でも笑ってしまった。
 押し殺しながらも耳元でクスクス笑う不動の体に手を滑らせ、少しの間見つめ合う。
 それから、長い長いキスをした。








2017/11


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