<酔って怒って見せつけてくるきどうさん>






 闇夜を走って大急ぎでマンションへ帰ると、恋人はすっかり出来上っていた。
「ああ、ふろ〜、遅かったなあ」
 ネクタイをゆるめた姿で、もうあと一口しか残っていないワイングラスを片手にリビングから歩いてきた鬼道は、すでに呂律が回らなくなっている。酒豪というわけではないが、ワイン一本くらいではいつもそんなに酔わないのに、一体どうしたのだろうか。不動は靴を脱いでフローリングを急ぎ進むと、恋人を抱きしめようとした。
「あー……鬼道くん、ホントごめん……」
「なんだ? 今日の八時半には帰ると言っていたのに、もう十一時になったことか?」
 鬼道はふらりとリビングへ戻ってしまう。ダイニングテーブルには、彼が作ったであろう冷めた料理が手つかずに二人分と、空のワインボトルが並んでいる。
 たかが二時間半と思うかもしれないが、多忙な鬼道の時間は限られている。それに、今まで遠距離のやりとりしか出来なかった二人が、三ヶ月前にやっと同棲できるようになったのだ。気持ちとしては一秒でも長く一緒に過ごしたい。
「マジでごめんって……大丈夫か?」
「ふふん、大丈夫に見えるか?」
 残った紅い雫を飲み干してテーブルにワイングラスを置くと、鬼道は振り向いた。
 怒りに鋭く光る赤い目と、酔ったせいで上気した頬が何とも色っぽい。
「見えねえよ……ほら、もう寝ようぜ、明日仕切り直させて」
 抱きしめようとしたが、またもや、かわされて失敗。
「いいや、誰が寝るものか。まだ十一時だぞ?」
 そう言って鬼道はネクタイをほどき、廊下へ向かう。不動は床に落ちたネクタイ拾い、慌てて追いかける。
「あ、じゃあ挽回させてくれる?」
 寝室へ入っていく鬼道を追いかけながら、自分も上着を脱ぐ。
 しかしベッドに腰掛けた鬼道に寄り添おうとしたら、突き飛ばされた。
「ダメだ。おまえはそこで見ていろ」
「えっ」
 なぜか床に座らされ、呆然とする不動の目の前で、鍛え上げられた肉体が顕わになっていく。だが酔っているせいか、ワイシャツのボタンを外すと鬼道は、下着とスラックスを膝まで下ろしただけで、脱ぐのを止めてしまった。
 それよりも、指を伸ばして自らへ刺激を与えることの方に、意識が向いてしまっているらしい。
「ん、ふ……っんン」
 鬼道が自分から股を開くことは滅多に無いし、こんなふうに後ろの穴を使っての自慰を見せてくれるなんて、天地がひっくり返っても無いと思っていた。それについてだけは、酔って朦朧としていることに感謝したい。
「あのさぁ、ローション使えよ……」
 しかしさすがに心配になって、ベッドサイドのミニチェストからローションのボトルを取り出すと、中身を少し手に取って鬼道の手に垂らしてやった。
「んぁ、くぅう……っ!」
 滑りが良くなったことで快感が増したのか、鬼道は仰け反って体をくねらせる。
 見ているだけで十分刺激的なのに、ひっきりなしに聞こえている卑猥な水音も相まって、不動の股間は痛いほどに膨らんでいた。
「なあ、鬼道くん。オレがもっと気持ち良くしてやるよ」
 そっと近付くと、鬼道はもう突き飛ばさなかった。うっとりと目を閉じて、気持ち良さそうに喘いでいる。
「お前も欲しいだろ……?」
 キスをして、唇に意識を奪われているうちに挿入してしまえば、鬼道も快感に負けて許してくれるだろう。そう卑怯な考えを思いついたのだが、熱心に舌を絡ませようとしても、鬼道はキスすら返してくれない。
「鬼道く……ん? ウソだろ……」
 よく見るとスヤスヤと寝息を立てており、すっかり気持ち良さそうに眠りについているのだった。
「こいつ……」
 ジワジワと頭に来るが、悪いのは約束に遅刻した自分。
 不動はしばらく鬼道の体をまさぐった後、空腹のまま、明日は絶対に挽回してやると誓いながら、一人で元気いっぱいの相棒を慰める羽目になった。







end








2021/03


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