<秘め事>






 総帥となった鬼道は、毎日学園で朝練の指導をし、週に五日は午後から会社にも行き、夜はまた生徒たちのデータをチェックして、合間には本を読んだり調べものをしている。食事は三食しっかり摂って、睡眠時間も確保しているため、健康には気をつけているが、時々息抜きが必要だとは自分でも思う。
 だが長らくこんな風に頭を使い続ける日々を過ごしてきたためか、息抜きをしようと思ってもなかなか意識が向かない。
 サッカーは細々と続けている。自身の特訓は怠らないようにしたいのだ。ボールと戯れている間は楽しいが、やはり一人では息抜きとまではいかない気がした。
 今度、久しぶりに円堂たちと飲みに行くのもいいかもしれないなどと考えながら、机の上に広げていた書類をまとめてカバンに入れた鬼道は、ふと深呼吸とともに思いきり腕を広げて伸びをした。
 そこで突然、ドアが開く。

「よぉ、飯食いに行かね?」
「ふ、不動」

 いつ帝国学園へ来ていたのだろう。最近よく会うので特に驚くことではないのだが、予期せず、気を抜いていたところだったせいか、少しビクッと反射的に体がはねた。

「忙しい? もう帰るんだろ?」
「あ、ああ……問題ない。行こう」

 時刻は十二時を少し回ったところ。生徒たちは食堂に集まって、昼食をとっているだろう。
 鬼道は書類カバンを持ち、執務室から廊下へ出て、不動と並び歩き出した。

「最近おまえ、みるみるやつれていくよな。休めよ」
「……適度に休んでいるぞ」
「じゃあ足りてねえよ」

 不動の言葉は正しいが、素直に認める気にならず、黙ったまま廊下を進んだ。

「鏡で自分の顔見てみりゃ分かるぜ」

 そう言って、不動に手を引かれ、男子トイレへ。
 洗面台の上にある鏡を見せられて、鬼道はゆっくりとため息を吐いた。

「分かっている……そろそろ息抜きしようと思っていたところだ」

 苦笑してみせると、不動もやれやれと言いたげにため息をついた。
 なんだかんだと口ではうるさく言いながら、友人よりも深く心配してくれているのが分かる。そんな不動だからこそ、伝わらないようにしたかったのだが、察しがいい彼には無駄な抵抗だったようだ。

「そうそう、したほうがいいぜ。息抜き……」

 斜め後ろに立っていた不動が、背後から近づいて、両腕を胸へ回してきた。
 背中が密着して、両腕で求められるように抱きしめられると、何とも言えない安心感に包まれる。相手が不動だからだろうか。
 しかし、鬼道は自分のいる場所を思い出して慌てた。

「な、何をする……っ! 離せ」
「みんな別棟の食堂だろ。こんな時間にこんなところまで、誰も来ねえって」

 不動の手が、ジャケットのボタンを外し、シャツ越しに腹筋を撫でる。それだけで、体温が上がり、肌に刻まれた甘い記憶が蘇ってきた。

「んっ……や、やめろ。ここをどこだと思っている……!」

 この体がどれほど待ち望んでいたのか、触れただけでもう伝わってしまっただろう。だが鬼道の矜持が、その快楽に甘んじることを許さない。
 振り返り後ろの個室のドアを示す。

「せめてそっちに……」

 不動は待ってましたとばかりにキスをしてから、応じた。

「ん~、おっけぃ」

 しまった、と鬼道は自分を責めた。不動は意気揚々と個室へ、鬼道を抱え込むようにして入る。今ので許可したようなものだ。許可なんてしたくないのに。
 便器の蓋を閉め、サングラスを外してジャケットの内ポケットへしまう。

「いいか、誰かに見られでもしたら、困るのはおれだけじゃないんだぞ」

 ひそひそ声で威圧的に言うが、効果がないことなんて分かりきっている。不動はニヤニヤしたまま、やべ〜よな、とでも言いたげに口をへの字に曲げて見せ、両手で鬼道の尻を掴んだ。
 スラックスと下着越しでも、強く鷲掴みにして揉まれればしっかり刺激が伝わる。体が合図として覚えているせいもあり、すぐに熱が広がった。

「ふ……はぁ……」
「何だよ。こんなにしちゃって」
「ッ……!」

 不動が股間を撫でてきた。勃ち上がりかけているのを何とか隠していたのに、撫でられて一気に硬くなってしまう。そういう性質なのだから仕方ないとはいえ、これでしばらくここから出られなくなったのは確実だ。

「き、貴様……っ」
「ま〜た溜めまくってたんだろ? 良くないぜ、そーゆーの」

 器用な手が、今にもあふれそうな体をもてあそぶ。同時に心は、隠していた本音を見透かされて、得も言われぬ安堵に包まれた。
 始まりは嵐のようなキス。ここがどこだかも忘れて、夢中で互いの唇をむさぼった。
 ベルトを外し、シワ一つないスラックスの中へ、不動の手が入ってくる。

「はっ……ぁ」

 久しぶりの快感に、全身の神経が歓喜しているのが分かる。もっと、もっととねだるように腰が揺れ、呼吸の合間に舌を絡ませた。
 だがやられっ放しでは分が悪い。鬼道は不動のズボンのボタンを外し、下着の中へ片手を入れた。温かい不動自身は、すでに程よい硬さになっていて、触れるとたちまち張り詰めた。

「……入れたい」

 そろそろ絶頂に達してしまいそうで、どうしようかと考えていた時、耳元で不動が囁いた。

「なっ……無理だ」
「シテ欲しいくせに」
「ッ……」

 耳朶を舐められ、ゾクゾクと甘い痺れが走る。

「後ろ向けよ」

 不動の提案で、便器の蓋の上に片膝を乗せ、壁に手を着いた。スラックスを腿までずり下げ、不動が抱きかかえるようにして密着してくる。
 再び手で続きをされ、呆気なく放出してしまった。

「んっ……はぁ……」

 手の中にこぼれた白濁を後孔へ塗り込みながら、不動が笑うのが聞こえる。

「声、聞こえちまうぜ?」
「誰の、せいだ……っ」

 直後、やっと待ちかねた質量と熱を持った快感が貫いた。

「んんっ……んっ……」

 やはり。この感覚が、現実に色をつける。体を、つま先から頭のてっぺんまでくまなく満たし、大切なことを思い出させてくれる気がした。

「鬼道……っ」

 不動の切なげな声が耳元で聴こえ、ビクビクッと体が反応し、思わず唸ってしまう。
 ──その時、ガチャッとトイレのドアが開く音がした。

「!!!」

 恐らく一人、男性教師が入ってきたらしい。重いゴム底靴の音が、床を踏みしめていく。
 鬼道は動いて音が出ないようにギュッと体を硬くしたが、そうすると余計に、不動のモノが自分の中に突き刺さっていることを意識してしまい、めまいを覚えた。
 男性教師は鼻歌混じりに小用を足し始める。
 不動は鬼道の肩に口を埋め、できるだけ長く静かに呼吸しようとしていた。鬼道が何かに反応してうごめく度に、ダイレクトに刺激を受けるのは不動の敏感な部分なのだ、鬼道と同じようにつらいはず。
 男性教師は手を洗い、ハンカチで丁寧に水気を拭いたあと、鏡の前でしばらく立ち止まっていた。自分の顔でも眺めているのだろうか。
 一秒一秒が永遠に感じられる。
 じっと固まっていた不動が、ゆっくりと手を動かし始めた。やめろと言いたいが、声を出すわけにはいかない。恐らく男性教師は、それほど感の鋭い人物でも、周囲のことに敏感な人物でもなさそうだが、音を立てることすら面倒につながる。
 そんな状況で、胸の突起をワイシャツ越しに探り当てられ、思わず意識が揺らいだ。

「はぁ……っ」

 熱い吐息がこぼれてしまい、慌てて口を抑える。
 男性教師は、誰かが無言でずっと個室に入っていることも気に留めず、やっと男子トイレを出ていった。

「オレ……もう無理」
「えっ?」

 不動が呟いて、何のことかと思っていると、突然律動が再開された。

「ひっ……ぅあ、んんんッ……!!」

 激しく突き上げられ、必死で口を抑えるが、下着に上向きで挟まっている自身からは絶えず愛液が漏れ出し、白濁も再び噴き出すようになってしまった。

「ふっ……ふ、はぁっ……」

 不動の動きが小刻みになっていく。
 程なくして大量の熱く白い液体を注がれ、鬼道は脳が溶けていくような感覚を味わった。

「は……はぁ……」
「はぁ……わり……ベトベトになっちまったな……」

 珍しく不動も肩で息をしている。
 今すぐ横になりたいと思ったが、とりあえず不動にもたれかかってやることにした。

「執務室へ戻って……着替える……」

 この恍惚に浸りながら交わすキスほど、気持ち良いものはない気がする。鬼道はぼんやりとした頭でそう思いながら、不動の頭をかき抱いた。

「オレも久しぶりだったからさ……」
「なるほど。互いの為に良くないな」
「でも……たまには悪くないだろ?」
「ふ、ふざけるなっ!!」

 また一週間口を聞いてくれなくなった鬼道に、今度はどんな場所で仕掛けるか思案する不動だった。








2018/10


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