<ひとひら/桜に攫われそうな瞬間を見てグッ…となる不動の話>




 ――あの日もこんな風に、桜の花びらが舞っていた。オレはひとり校庭に立って、騒ぐ奴らを一歩引いたところから眺めていた。隣に来た鬼道の顔を横目で見れば、ゴーグルの下に微笑を浮かべてる。
 声を掛ける前に、ドレッドの上に花びらが一枚落ちたのが目に入って、その淡く色づいた白を取ってやろうかそのままにしようか、一瞬だったのに、悩んでいる間にまた風に吹かれてどこかへ飛んで行ってしまった。

「どうした」
「……別に」

 春うらら、快晴の桜の下で、くすぶる心を持て余しながら。オレは、制服のポケットに手を突っ込んだまま立っていた。





 あれから十年。早いものだ。休日の朝、まだ誰もいない公園は、薄桃色の花の木に囲まれて別の世界に思える。
 桜は前より近くに見え、白い花が咲き乱れる枝に手が届く。少し引っ張って手を離すと、細い枝は弾けて元の位置に戻った。

「うわっ……」

 その時、木の反対側から現れた鬼道に、弾いた振動で舞い散る花びらが雪のように降り注いだ。
 驚き、サングラスを外して、視界を覆った花びらを落とす。そのまま、顔を上げて、まだひらひらと舞う桜を眺める。

「フッ……、綺麗だな」

 赤い瞳に白い花びらが映り込んで――秒速五センチメートルで地面へ向かう、薄くて軽い花びらが、ドレッドの上にひらりと落ちる。あの日と同じ、まるでこのまま桜吹雪に消えてしまいそうな、思わず呆然と眺めてしまう光景。




 突っ立ったままのオレの妙な空気に気付いて、鬼道が首を傾げた。

「……不動?」

 このままじゃダメだ。つらい思い出ばかりが桜に重なっていく。でも何年経っても、超えられない。

「……クッッソ! もう知るかよ……!」

 十年間、心の底に溜め続けてきた思いが、激流となって出て来る。……オレとしたことが。

「てめえ何年経ったと思ってんだ! いい加減に気持ち整理しろよ!」
「は、なんの話だ――」

 鬼道はまだ、冷静に聞こうとしてくれているが、これから言うことは確実に彼を傷つけるだろう。分かっていても、止められなかった。例えこれで終わってしまっても、自分の言葉を伝えたい。そう思った。

「桜だよサクラ! わざわざ毎年毎年縁起の悪い花眺めて、ひっでえ顔してんじゃねーっての!」

 こんな言い方じゃ、逆ギレにしか見えないだろうが。最悪だ――。
 穴に埋まって地球に還りたい。むしろ自分が散りたい。そう思ったとき、出し抜けに笑い声が聞こえた。

「ふっ……ふふ、ははは。そうか」

 鬼道は困ったように微笑んだ。

「そんなに、ひどい顔をしていたか」

 自嘲を帯びたその表情が、オレのみぞおちをわし掴みにしてひねる。

「ああ、……してたよ」

 奥歯を噛んでこらえた。
 春の少し強い風がざぁっと吹いて、また花が散らされる。まだ安心できない。それと、彼に謝らなければ。
 何からどう話せばいいか分からなくなったオレは、立ち尽くしたまま、触れることもできないでいる。

「……花見をしようか」

 風が収まるのを待って、鬼道がトーンの明るい声で言った。

「は?」
「今から。そして、毎年恒例にしよう」
「え? いや、……今から?」

 わざと爽やかに明るく喋ったのかと疑ったが、彼の微笑は自嘲すら消して、穏やかに見える。

「そうだ。お前と二人で。……言っておくが、酒が飲みたいわけじゃないぞ」

 とうとう崖に立ってしまったと思い、いつ崩壊するか身構えていたのに。話の方向が変わって動揺しているうちに、肩の下辺りをそっと掴まれ、彼の顔が陰に入ったおかげでサングラスが透けて見えた。

「お前と、良い思い出を作りたいんだ」

 ひねられたみぞおちを両手でそっと包まれるような。

「不動は、おれを見失わない」
「ああ。お前がやめろって言うまで、離さない……絶対に」

 すかさず答えると、鬼道は確かめるように呟いた。

「不動は、おれを離さない」
「……でも、お前が嫌なら――」

 動揺に思わず否定的な言葉を口にしかけた、オレの肩に顎を乗せるようにして、近付いた鬼道の両手が、しっかりと背中に当てられた。

「――おれも、お前を離さない」

 耳元で聞こえた声に、思わず目の奥が熱くなる。ゆるんだ顔を見せたくないこともあって、黙ったまま抱きしめ返すことしか出来なかった。




 はらはらと舞い落ちる花びらの美しさばかりに目を奪われて、その背景を見ていなかった。儚い花が咲くのは枝の先。木はずっとその場所に根を張って、静かに風に揺られているのだ。







2017/03


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