<やがて堕ちゆく崖の花・1>


 背後でドアが閉まった時、危機感が強まったが、既に遅かった。鬼道は高層マンションの最上階にある一室で、リビングのソファに腰掛けようと近付いたが、ドアの閉まる音を聞いて動けなくなってしまった。

「どうした、楽にするがいい」

 この部屋の持ち主である黒岩――もとい、影山零治は鬼道を見て、反対側の一人掛けに腰を下ろす。唇が弧を描いた。

「何を警戒する必要がある。ここにはお前と私以外、誰もいない」
「いえ、警戒はしていないのですが……」

 それ以上は口を閉ざし、鬼道はジャケットのボタンを外してゆっくりと腰を下ろした。影山はソファにゆったりと背を預け、鬼道を眺める。

「フッ……ずっとこの時を待っていた。成熟し進化したお前に再会するのをな」

 鼓動が強くなる。今すぐ脱兎の如く逃げればそれで終わりになるのかもしれないが、ここへ来た理由は未だに影山の存在を信じきれない自分を納得させるためだ。確認するまで、帰る訳にはいかない。円堂と豪炎寺に一人で平気だからと芝居を打ってまで納得させた意味がなくなってしまう。

「先程の話は……本当なのですね」

 だが急に現れた亡霊に、新薬の実験台にされ甦っていたと言われても、突拍子がなさすぎて腑に落ちない。

「目の前にして、まだ信じないのか? 随分と慎重になったな」

 やけに楽しそうな影山を見て、肩の力を抜こうと試みる。影山はそんな鬼道を眺めながら言った。

「その手で触れば、間違いなく実感するだろう。私はここにいるとな」

 迷わず体が動いていた。立ち上がり、彼の側に膝をついて、握手の要領で大きな手に触れた。すぐにやめて帰るつもりだった、だがここに来た時点で既に戻れないところへ入ってしまっている。鬼道の頬を、冷たい手がゆっくりと撫でた。

「私が死んでから、何人を相手にした? しかし、お前を満足させられる相手にはまだ出会えていないようだな」
「なっ……そんなことは――」

 顎を持ち上げられ、サングラス越しに視線がぶつかる。

「鬼道有人ともあろうお前が、二流の技術で満たされる訳があるまい」
「あいつは、もう二流じゃありません。例え技術が足りないとしても、他のもの、もっと大きなもので補うことができます!」

 立ち上がった鬼道を、サングラスの奥の目が静かに見つめる。

「十年たってもなお、お前は私に反抗するのか? ふむ、まあいいだろう。そんな愚かさも今は愛嬌に思える」

 影山の腕が伸びて腰を引き寄せ、鬼道はバランスを崩して膝の上に倒れ込んだ。サングラスを外され、逃げようと思っても影山の手が腰に当てられていて、それはいつもの行為が始まる合図を思い出させた。

「誰を受け入れようと、満たされなければ意味がない」

 影山は鬼道のベルトを外し、スラックスのチャックに手をかけ、楽しみながらゆっくりと脱がせた。止めたいのに、止められない。確認をしなければ気が済まない自分と、封印していた快楽を再び味わえると期待する自分がいて、どちらも排除し難い。

「もうあなたの支配は受けません……!」

 言い切った時、影山の手が筋肉で丸く張った尻を滑っていき、下着の中、割れ目の奥へするりと指が挿し込まれる。熟していることに羞恥を感じ、この状況に青ざめた。

「ひっ……!」
「緩みすぎてもいなければ、締まりすぎてもいない……適度に行為を繰り返していたのが良い効果を生んでいるな」
「あ、ア……はぁっ」

 鬼道は早くも朦朧とし始めた意識を保つのに精一杯で、息をするのもやっとだった。逃げるための四肢に力なんて入らない。映画のヒロインのように泣き叫んで助けを呼びたい気分だが、そうもいかない。
 影山はすっかり張り詰めて脈打っている鬼道自身を握り、蕾へ挿す指を増やす。

「ひ……っ、うぁ」
「くだらない前戯は不要か」

 ふっと笑い、影山は鬼道を弄ぶのをやめた。前をくつろげ、太く長い巨塔が現われる。
 もう、抵抗は意味を成さない。そそり立つ肉棒を、求めてひくつく蜜穴に押し当てられ、鬼道は息を吸った。

「やっ、総帥……!」

 息を吐きながらゆっくりと狭い穴を半ば無理矢理に圧し拡げて、懐かしい巨根が己の体内に収まっていくのを感じ、鬼道は今だかつてない強烈な快感に酔いしれた。

「ひゃ、あ……っぁぁあ!」

 前立腺の刺激によってもたらされる空の絶頂にビクビクと痙攣する体は、影山を受け入れてなお強い快楽を求め悶えている。

「い、は……ぅぐ……ッ」
「もういいだろう。動いてみろ」
「あ……っそうす、い……っ」

 意思に反して腰が揺れる度、腸壁がえぐられて内側に電流が生じ、脳天まで響いた。

「これで理解したか? 私は今、これ以上無いほど感じているぞ。生命というものをな……」
「こんなこと……しなくてもぉっうあああ!」

 再び空の絶頂が訪れる。影山は顔色一つ変わっていないように見えた。

「いいや、鬼道、お前は自分の体で感じなければ理解しない。だがこれでもう、完全に私を信じただろう」
「アア……ア……ッ」

 ガクガクと震える鬼道を見下ろしながら、影山は自身を引き抜く。膝を曲げた鬼道をソファに掴まらせて、後ろから貫いた。

「んうあああっ!」

 捩じ込まれ圧迫され、またしても達してしまい、震えのような痙攣が治まらない。閉じることができない口から蜜が一筋溢れたが、息がうまく出来ず胸が苦しくて、そんなことは気にしていられない。

「あうっ……うぐぅうっ……!」

 下半身を丸ごと圧迫するかのような影山にえぐるように突き上げられ、何度か頭の中が真っ白になった。

「自分で育て創り上げた、生涯における最高の作品が、自分に対して全身全霊の効果を発揮している。これ程迄に歓びを感じる瞬間はあるまいな」

 満足げに呟く影山は、その作品が壊れかけていることすら望んでいるようだった。

「あぁぁあぁっ」

 何度目か分からない空の絶頂が訪れ、達する度に図らずも影山を強く刺激するため、次第に律動が速まっていく。寧ろ、これまで耐えているのが不思議と言うべきか、流石と言うべきか。

「鬼道、感じるだろう。抗えぬ力を……!」

 激しく腰を打ち付けられ、鬼道は目の焦点が合わないと思ったのを最後に、思考を手放した。

「ふ、あぁっ! アッ! そうすい――! もっ……イきます! もうッ……」

 律動に合わせて腰を振る鬼道の背を撫でて、影山は笑んだ。

「あ、あっ、ひゃ、ひうっ……んああああ――っ!」

 二つの方向から来た絶頂が鬼道の全てを奪い、昇天するかのような快感を与えた。内側でも白濁が放たれて腸壁に叩きつけられ、溢れて床へ流れ落ちていく。

「やはり、鬼道、お前は特別だ。十年の間に、これ程迄に完成しているとはな――」

 ぐったりとソファに身を預け、とろけた目で影山を見る鬼道は、荒い呼吸を繰り返してやっと少しだけ意識を取り戻した。ジャケットのポケットに入っている携帯電話が、震動で着信を知らせる。影山は携帯電話を開き、受信したメールに返信を打った。

「すまない、今日は遅くなる。先に食べていてくれ……これでいいか?」

 鬼道は影山を眺めたまま、黙ってソファに横になっている。影山の指が送信を選択した。

「夕飯を共にする仲なのか。うまくやっているようだな」

 携帯電話は電源を切ってポケットに戻され、影山は鬼道の足を撫でた。恭しくもあり父親が小さな息子にするそれのようでもあり、栄光と人間の尊厳のために鍛え上げられた足を愛撫して、影山はため息を吐いた。

「確認はこれきりだ」

 色々なもので濡れそぼり、達したばかりでひくつく秘部に再び挿入され、鬼道は声のない叫びをあげた。

「――ッア、ッ……!」
「尤も、お前がどうしてもと言うのなら、今後も遊戯に付き合ってやろう」
「ひぁッ……は、くうぅ――ッ」

 絶頂が訪れる度に背徳感が薄れていく。

「そう、すい……ッ」
「私は自由を持て余している、いつでも来るがいい」

 下半身に轟くような低音が、鬼道の理性を崩壊させる。歯を食いしばることもできず、卑猥な水音を聞きながら狂ったように喘いだ。
 しがみつくのを躊躇する骨張った背は、確かに記憶と同じだった。





2014/01


その後、不動が別れなかった場合
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