<鬼百合は咲く>





放課後、鬼道は第四音楽室へ向かった。今日こそ面と向かって、何を考えているのか問い質してやろうと思い、頭の中で様々な切り返しを用意し、何度もシュミレーションを繰り返した。
しかし扉を開けようとしつつ小窓から中を覗き、誰か居るか確かめた時、頭の中は真っ白になってしまった。そこから見えたものは、舌を絡め合い大人のように濃厚なキスを交わす男女、もしくは名前も思い出せない女子生徒と唇を繋げている不動の姿だった。音は聞こえないが、ピアノの椅子に腰かけた不動の膝の上に、向かい合わせに女子生徒が座っていて、何か非常な卑猥さを感じた。
目眩がして、鬼道は身を翻し、壁に張り付く。一瞬見ただけでも、女子生徒はブラウスをはだけ肩を露出し、不動の手は彼女の腰に添えられているのが見えて、それが目の奥に焼き付いた。考えてみても、そんなことはどうでもいい筈だった。だが治まらない目眩に、這うようにして冷たい廊下の角を曲がる。
胸の奥が鈍く痛み、勝手に涙がこぼれ、病気かと思うほど自分が不安定になっているのを自覚した。病院へ行っても診断できないであろうこの症状は、容易に治せるものではないとも分かっている。
鬼道は暗黒の中でもがいた。翻弄され、玩具にされ、侮辱されているのに、不動の手が心臓を掴むのを拒めない。悔しさと憎しみに身もだえ、怒りに震えながら、鬼道は夕陽を睨み付けた。夕陽は何も言わず、ただ沈んでいくだけだった。




***




皆が敬い、望み、しかし様々な理由で挫折した道を、容易く飛び越えて一人手にした時の歓喜と恐怖に包まれて、不動は震えた。押し潰されそうになるほどの妬みによって、とんでもない報復が待ち受けていると思ったが、それは第三者から行われるのではなく、自分の内で行われた。
町に屯する中学生はほぼ全て顔と名前、所属を調べたし、彼らの中での関係も大体把握できた。噂が広まったらしく、高校生ですら彼と関わるのを避けた。帝国学園に入って、それはさらに強くなった。
学園内では生徒だけでなく教師からも恐れられ、授業に出なくても咎められない程に成績を上げ、そしてたった一人この学園に、いやこの世界に君臨していた女神をも降伏させた。
全てを手に入れた筈だ。しかし、何かが足りない。
完璧な花は最高の作品であり、何にも及ばないどころか何かと比べることすら愚かであり、不動はその前に無防備に立ち尽くし、もはや眺めることしかできないでいた。【お手を触れないでください】と書かれた小さなプレートを無視して、偉大な芸術作品に脂っぽい指紋を着けたのと同じだ。
それは麻薬や情欲に溺れるのと酷似していたが、そのような下等な快楽とは雲泥の差があった。

だが悪意はどこかへ萎み、その偉大な強大な光輝の前に平伏し、引き込まれ吸い寄せられるようにして囚われる。
御馳走を食べたあと、普段の食事が大変旨く出来ていても貧しく思えるのと似ている。これは彼の欲が強すぎる為でもある。
いかに残虐で卑劣な行為をもって汚辱のうちに彼女を貶めようとしても、絶望の織り成す深い闇の底でさえ、花は枯れまいと自ら輝きを放ち、赤い花びらはむしろ艶を増し、漆黒の中で揺れるのだった。
美しさを超越した花を、見れば見る度に、奥底に眠っていたことさえ忘れていた素直な感情と純粋な本能が呼び起こされる。それこそが恐怖の根源だった。
第四音楽室のピアノの椅子に腰かけ、背もたれに顎を乗せて、不動は彼女を這わせた床を眺めていた。
立ち上がり、椅子を反転させて正しく座り直す。それだけで、不思議と胸の辺りがすっきりした。

「なあ、鬼道ちゃんさぁ。何が足りないんだと思う?」

静まり返った部屋には答えるものは無い。代わりに、扉が開いた。
即座に顔を向けた先にいたのは、期待したのとは違う女だった。

「へぇ、不動クン、いつもこんなとこにいたんだ? 悪い子だな~」

三年生の女子でどこかの社長令嬢らしいが、財力と己の体に物を言わせて男を弄ぶのが趣味だと小耳に挟んだことがある。大して美人でもない、胸があるだけの醜悪な女だと思ったのを思い出した。

「なんか用すか」
「いつもココでヤってンの?」
「何を」
「はぐらかしちゃって」

有無を言わさず、股を開いて膝に座った彼女は、不動の唇に自分のそれを押し付けた。されるがままにしておきながら、このまま憂さ晴らしをするのも悪くないと思い始め、舌を絡ませてみる。

「すごぉい……濡れちゃった」

恍惚とした表情で見上げる彼女は、胸を不動の身体に押し付け、腰を揺らして押し倒さんばかりに迫ってくる。

「そうだ、今度うちにおいでよ。パーティーしよ……」

十五歳とは思えないほど豊満な胸を乱暴に押し退け、不動は溜め息を吐いた。

「アンタじゃ勃たねェから、帰って」

呆気に取られた顔に、次は羞恥が広がる。だが不動は無表情に、それを眺める気も起きなかった。

「な、何よ! どういうつもり……」
「んじゃ、オレが出てくわ。失礼します、センパイ」

絶句する彼女を残し、不動は足早に出ていく。階段を下りて、廊下の端に身を潜めた。誰も後をつけてくる様子はない。恐らく、彼女の憤慨もすぐにどこかへ行ってしまうだろう。
一時的な安堵に胸を撫で下ろし、家路についた。夕陽が赤々と沈んでいくのを眺め、同じ色の瞳を思い出す。微笑に輝いていたそれは、記憶の中で侮蔑と悲痛に歪んだ。舌打ちを一つ、苛立ちを顕に歩を速めた。




***




鬼道の部屋はしっかりした調度品が置かれ、一般家庭の女子中学生が憧れるような広い部屋には、しかしぬいぐるみやピンク色のクッションなど俗に言う女の子らしいものが一切無い。代わりに大きな本棚には各種最新の辞書、参考書、一流の文学作品のハードカバーなどがぎっしり詰まっていて、さながら法律科辺りの大学院生の部屋のようだった。
習慣で机の上に置かれたノートパソコンの電源を入れたはいいものの、制服も着替えずベッドに座ったままかれこれ30分は経っているだろうか、とっくにパソコンはスリープモードに切り替わり、外はすっかり暗くなった。
しかし、とりとめのない思考に没頭する彼女は一切のことを気に留めていなかった。それもこれも、たった一人の男のせいである。
だが、考えても考えても思考はまとまらず、答えは見つからないどころか、何を問うべきかさえ分からなかった。
ドアをノックしてから開ける音が聞こえ、鬼道は回り続ける思考から現実へ意識を戻した。3回きっちり叩いてゆっくり開けるのは、メイドの村前しかいない。

「有奈お嬢さま、紅茶をお持ちしました」
「ありがとう」

中等部に上がってからこの屋敷にやってきた使用人は彼女だけで、一番若い女性だからという理由でほぼ鬼道の専属のようになっている。
若いとは言えその働きぶりは見事なもので、それは偏に鬼道への敬愛の念とそれ故の忠誠心からだった。
ミニテーブルにティーセットを用意したあと、会釈して立ち去ろうとする彼女を呼び止めた。

「なあ、村前、聞いてもいいか?」
「私にお答えできることでしたら、何なりと」

おそらく十歳ほど年上の村前は、ドアの前から引き返し、喜びに満ちた微笑を向ける。僅かに安堵を感じた鬼道は、それでも少し躊躇ってから口を開いた。

「笑顔を見たい、喜んでもらいたいと思う人がいるんだが、うまくいかないんだ。全面的にあいつが悪い。酷い事ばかりするし、嫌な事ばかり言うんだ。だから私も、素直になりたくない……すまない、やはり何でもない。こんなこと言っても、わけが分からないな」

鬼道が苦笑すると、視線の先で忠実なメイドは優しく微笑んだ。

「まあ、有奈さまは恋をなさったのですね」
「こい……? まさか、そいつは女だ。どんな場合でも、私は皆とフェアに向き合いたい」

咄嗟に嘘をついてしまったが、村前は信じたかどうか、相変わらず微笑を絶やさず、それどころか更に嬉しそうに顔を輝かせた。

「有奈さまのご成長を見守らせて頂けて、村前は嬉しゅうございます。でも、世は自分勝手な卑劣な輩ばかりですから、十二分にお気を付けくださいませね。私では心許ないですが、何かございましたら何でもこの村前にご相談くださいませ」
「じゃあ、もうひとつだけ聞いてもいいか? その、恋というのは……ものすごく嫌な奴にもするものなのか?」

村前は少し考え、天井を見上げて答えた。

「本当に嫌いなら、有奈さまはそんな風に悩まれていないのではないでしょうか。相手を喜ばせたい、幸せにしてあげたい、そういう思いが"好き"という気持ちでございます。私も有奈お嬢さまが大好きでございますよ」
「ありがとう。村前」

忠実なメイドは、絡まっていた思考の糸を丁寧にほぐしてくれた。
心からの笑顔で彼女を見送ったが、すぐに心の奥から溢れだしたものが氾濫を起こして、頭の中が沸騰したようになる。ほぐしてくれたのは良いが、その結果は半狂乱だ。これが恋だというなら、一体何が起きたというのだろうか。
認めたくないと全身が叫び、のたうち回る憤怒に振り回されて、鬼道は目眩を感じた。訳の分からない羞恥が全身を染め、思考がゆるんだ隙に記憶が蘇り、鬼道はベッドに突っ伏して顔を埋めた。
少ししてやや落ち着いた頃、ミニテーブルへ向かいまだ温かい紅茶を口に含み、ゆっくり息を吐いて目を閉じる。大好きな香りも、今はよく分からない。
自分がパニックになっていることに気付き、一旦全て忘れることにして、机に向かい授業の復習を始めた。だが、すぐに思考は戻ってしまい、集中できない。
やや落ち着いた興奮状態が生んだ混乱の中で、とにかく話をしなければと考え、鬼道は何度もシミュレーションを始めた。




***




下駄箱に手紙が入っていたことは、何度かある。脅迫状、ラブレター、どちらも嬉しくないものばかりだった。しかし封筒にも入っていない小さなノートの切れ端に、書いた主の育ちや性格を表しているような端整な文字を認めた時、心が踊るような心地がした。
そんな己に自嘲しながら、来た道を戻って階段を上がる。屋上は夕陽に包まれて一見穏やかだったが、夜の冷気が押し寄せてきていた。
赤く染まるコンクリートの壁を横に、二人は対峙する。

「鬼道チャンから呼び出しとはねェ。とうとうオレさまなしでは生きられなくなったか」
「不動……」

つり上がる柳眉に、挑発的に笑みを返す。鬼道は目を閉じて、己を落ち着かせるかのように深く息を吐いてから、再び口を開いた。

「何故、私に付きまとうんだ」
「……べつに? オレはヤらせてくれれば何でもいいんだよ」
「べつに? ――ああいうことをするのは、私でなくともいいだろう」

さあっと風が吹いて、彼女の柔らかい髪とスカートを揺らした。

「自惚れんなよ。鬼道ちゃん一人だけじゃないぜ? 分かってんだろ」
「そういう意味じゃないっ!」

スカートの裾を掴んで、鬼道はいきり立つ。面白い反応だなと見ていると、我に返った彼女は不動と目が合って慌てて顔を逸らした。
不可解な反応に、不動は怪訝に思う。

「……で? 用って、そんだけ?」

ふんぞり返って言うと、憎々しげに一瞥された。
ふぅ、と溜め息で間を取り、鬼道は顔を上げる。いつもの、いやいつもより美しく、夕陽に照らされて不敵に笑む彼女がそこにいた。

「――責任を取れ」
「ハァ? オレさまに命令するなんて……」
「私は散々お前の好きにさせてきたんだから、ちょっとくらい話を聞いてくれたっていいだろう」

不動の言葉を遮り、えらく謙虚な言い方で丸め込む。状況は不利に傾いてきたが、不安をおくびにも出さずに、不動は答えた。

「……聞くだけなら」

不動が大人しくしているのを見て安堵の息を小さく吐き、彼女は一歩進んだ。背筋をぴんと伸ばし、少しだけ胸を張っている。その瞳は溢れ出る自信に輝いた。

「不動、私の彼氏になれ」
「……ハァ?」

不動は先程よりも間抜けた声を出してしまった。

「他の女とは一切交際禁止、私の印象を悪くするような行動は起こさないでもらう、それ以外はお前の自由だ。私にもあるように、お前にだって多少は世間体を気にする部分があるだろう。不動はクズでも頭は悪くないようだからな。どうだ」
「どうだ、って……鬼道ちゃん、マジでどうしたの?」
「どうもしない。公平な取り引きをしようとしているだけだ」
「取り引きねェ……断ったら?」
「お前のような悪漢のことなんか、きれいさっぱり忘れてやる。代わりに、そっちも金輪際私に一切関わるな」

これはまた、面倒な女に手を出してしまった。と、普通ならそう考えただろう。
しかし不動はいま、自分でも不思議なほど動揺していた。聞くだけと言ったのもどこへやら、どうすればこの状況を自分の有利に運べるか、自慢の頭脳を回転させる。
鬼道は目の前で腕組みし、宝石のような赤い瞳をこちらへ向けている。それを手に入れるには、相手を上回る策が必要だ。

「私は、お前が好きなタイプではないだろうが、こっちは被害者だということを忘れないでもらおう」
「勝手なことばっかり抜かしやがって……調子に乗ってんじゃねェぞ」

一歩近づくと、鬼道は不動を見据えたまま後退する。ゆっくりと、二歩目で腕を掴み、三歩目で壁際に捕らえた。きらめく赤を忌々しく見つめる。鬼道の表情は今までのものと違う。
冷静に考えても、鬼道の話は魅力的だ。だが、彼女は一番大切な物だけは渡すまいとしている。それが分かってしまった今は空虚と憤怒が身体中に溢れたが、後戻りすることもプライドが許さない。

「どうする? お前を転校させることはいつでもできる。言い様はいくらでもあるんだ」

鬼道が、捕らわれてもなお臆せずに言い放った。

「――つまり、オレさまが言いふらせば退学ってわけか」

悔しいが逃げ道はない。鬼道は勝利を確信して唇の端をわずかに持ち上げた。その不敵な微笑がやけに美しく、彼女の心情の裏返しのようにも思え、不動の心を揺さぶる。
唇を近付け、見つめ合ったまま囁くように答えた。

「いいぜ」
「本当か」
「ハッ……お望み通り、オレさまの気が済むまで"カノジョ"とヤッてやるよ」
「……っ!」

スカートにきちんと収まっていたブラウスを引っ張りだし、中に手を入れて飾り気も色気もないが高価そうな、白いブラジャーを外す。布地の下に現れたなだらかな二つの小山を撫でて、頂に実る桃色の小さな果実を摘まんだ。

「やめろっ……」

頬を染め眉を寄せて、鬼道は吐息を漏らす。弱々しく腕を掴むが、膨らんだ乳首をぺろりと舐め取り、軽く吸うとビクンと体が跳ねた。

「はぁあっ! あっ……嫌だっ」

愛撫を続ける不動の頭を掴み、鬼道は膝を擦り合わせる。

「嫌じゃないくせに。色気で油断させようったって、そうはいかねぇぜ?」
「っ……違う!」

鬼道の半開きの唇を舌でなぞると、キスを求めて震えた。内にあるものの本意が分からず、不動は密かに混乱する。
スカートの中へ手を滑らせると、温かい愛液が下着を濡らしていた。

「うわァ、ヤラシイお顔ですねぇ。ココも、漏らしたみたいになってるぜ」

湿った下着の上からなぞって押すと、鬼道の身体が震え、もじもじと揺れた。

「んんっ……、ッ……!」

背けた顔から斜めに、潤んだ目が見上げる。その目に吸い込まれそうになりながら、不動は意地悪そうに見える笑みを浮かべた。

「何が欲しい? 言ってみろよ」

顎を掴んで前を向かせ、腰を引き寄せて押し付けた。柔らかい太股に包まれて、股間が硬さを増す。

「不動……」
「なァに? ちゃんと言ってみ?」

鬼道は濡れた瞳を伏せ、顔を横に向ける。しかし、僅かに開いた口から出た声は、意外にしっかりした響きを持っていた。

「不動明王が欲しい」

呟くように聞こえたその言葉は、どこかわざとらしい甘い響きを持って、不動を不愉快にさせた。それは他でもない、挑発だった。隠し続けてきた本当の自分に直接話しかけられたような気がして、不動は焦った。正体を見抜かれ、仮面の下を見られたかのような羞恥と怒りが爆発する。

「フン、ちょっとは言えるようになったみてェだな?」

平然と受け流して、鬼道の体を壁に向けて押さえ付け、コンドームの袋を歯に挟んで開ける。背後から腰を抱えて、一気に挿入した。まだ勝算はあるはずと思っていたが、鬼道と繋がった途端に、その熱い柔らかい内壁と共にともすれば泣きたくなるような強烈な感情に包まれて、後悔した。

「ああっ……んっ、ふぅ……!」

壁にすがりついて弓なりに身をしならせる鬼道の口を片手で塞ぎ、耳元で囁く。

「おいおい、誰か来たらどうすんだよ?」
「誰もっ来る、はず……ない!」

荒い息を吐く合間に、鬼道は小声で叫ぶ。

「まァなァ。でもいま、アソコがキュッて締まったぜェ? 鬼道チャンは見られてる方が感じるのかなァ?」
「そんなっ……こと、な……んあぁっ……」
「どこで覚えてきたんだよ……ッ? とんだ淫乱だなァ……!」
「それは、お前が……んぁあっ」

必死に強がっても、突き上げる度に崩れていく。コンクリートの壁にすがりついて尻を突き出し、腰を揺らす姿はとても蠱惑的で、普段の彼女とは別人のようにも思えた。

「は……っ」

恍惚とした目眩を感じ、不動は意識を保てるよう足に力を入れた。だが、立っているのがやっとという状態は、鬼道の方が先に限界が来たようだった。ズルズルと落ちて膝を着く鬼道に引かれて、不動も腰を落とす。意図せず座位に近い格好になり、足が開いた分深くまで貫かれ、鬼道は悲鳴をあげた。

「ひああっ! はゃ……ふど、やッ、んア……ッ!」
「ぐ、ぅ……くそっ……!」

キュウゥと締め付けられて、不動は脳の真ん中がしびれるのを感じる。彼女の細い腰、小さな乳房、優雅な曲線を描く肩、ふわふわした艶のある繊細な髪の毛、全てが特別なものに見えた。手を掴まれ、不動はブラウスの隙間から首筋に舌を這わせる。

「ふどうっ……はあッ……やっ、あ、アッ」

うるさいほど自分の息づかいが激しく、鼓動はかつてないほど高まり、他の誰でもない鬼道の全てに包まれて、不動は果てた。

「――ンッ……、うぅ……ッ!」
「やぁっ、ぁアッ! あぁー……ッ!」

最後の強い数回の律動に、鬼道も絶頂を迎える。痙攣する彼女を抱き締め、焦点がぼけて夢を見た後のような虚ろな眼で屋上の床を眺めた。
鬼道は身体を離し、振り返る。半ば無意識に後頭部を引き寄せて唇を重ねた。鬼道は熱烈なキスに、扇情的に応じる。
どこまでが演技なのか、困惑のなかで、不動は自分が言い様のない、性欲とは違う快感に包まれていることを知った。
ゆっくりと時間をかけて、柔らかい唇を撫で、咥内に舌を這わせ絡める。押し引き吸い上げるやり取りの中で、頭の中核が融け出して、何もかもどうでもよくなっていく。荒んだ地は潤い、傷は癒され、氷は溶けていく。
会うたびに強くなるその感覚が何であるのか、不動は気付いた。見つめた赤い目は、誇らしく美しく輝いていた。
百合は球根植物だ。折っても千切っても、また芽が出て花が咲く。彼女の滑らかな手を取る。蕾は開き、誇らしげに微笑んだ。





まだつづく   4話

2013/01
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©2011 Koibiya/Kasui Hiduki