鬼道財閥には姉妹がいた。歳は離れているが、大変仲の良い、頭脳明晰なだけでなく性格も容姿も日本一に相応しいまさに完璧な姉妹だった。姉は鬼道有奈とい い、二十歳を過ぎても浮いた話の一つもなく、 プライドと正義感の強い、 勤勉で優しい心の持ち主である。妹は鬼道ユウといい、勤勉で優しく天真爛漫な中学二年生、姉よりもやや素直で、姉に対してだけ甘えん坊だった。
「おはよう、姉さん!」
「ああ、おはよう。今日は本屋へ行く日だな」
「うん! 早く行こう」
「そんなに急がなくても、本屋は逃げないぞ」
稲妻町の住宅街にある洋館の趣を呈した鬼道邸は明治期から代々受け継がれてきたもので、庭のバラから屋根の傷までが全て彼女達のものだった。
父は忙しくあまり家にいなかったが、毎日朝食だけは家族揃ってとるというのは守り続け、言葉や態度の端々から、姉妹がいかに愛されているか感じとることができた。
<スイートドラッグ>
さて毎週日曜日には、姉妹は朝食後に本屋へ行くと決めていた。行きつけの、大都会の真ん中に建つ格調高い大型書店の本店には、ありとあらゆる本が並んでいる。欲しい本を探し、新刊を確認し、雑誌を眺めると、世の中の動きや流行、様々な知識が得られた。
「向こう行ってるね」
「ああ」
本をいくつか胸に抱えながら、新刊を手に取ってパラパラとめくっている姉を置いて、ユウは棚を回った。午前中のこの時間は、日曜日でもそれほど混んではいない。
「ねェ、鬼道チャン」
「え?」
呼ばれて振り向くと、少年が立っていた。恐らく中学生なのだろう、同じくらいの背丈で、黒い無地の野球帽をかぶっている。首から後頭部はつるりとしていたが、つばの下から、鼻までかかる焦げ茶色のくせっ毛が垂れ下がっていた。
「私に何か用か?」
少年は影の中で、整った顔立ちに得意気な笑みを浮かべる。
「アンタの好きそうな、面白いモノが向こうにあンだよ。見たい?」
ユウは少し考えた。少しの恐怖を超えて、何かが膨らんでいる。
「どんなものだ?」
「それを先に言っちゃったらつまんないじゃん」
少年は知らない人間で、一体何が待ち受けているかも分からないが、ユウの好奇心はむくむくと膨れ上がっていた。
しかしまだ話が見えない。
「まず名乗ったらどうだ」
「オレはアキ。なァ、早くしないと終わっちまうよ」
どうやら期間限定らしい。急かされると判断が鈍る。
「どこにあるんだ?」
「外。オレも本好きだぜ」
「それは良い。どんな本が好きなんだ?」
「小説とかマンガとか」
「姉がいるんだ、一言伝えないと」
「そんな時間取らないよ、すぐ済むって」
話しながら外へ出ると、少年は裏路地へ回った。停めてある黒いワゴンに近付く。
「こん中にあるんだよ、ちょっと待ってて」
後部座席を開けて、少年は何かを取り出す。振り向くと、見慣れた物を持っていた。
「お前もサッカーするのか?」
ユウは思わず瞳を輝かせる。アキと名乗った少年は、得意げに軽くボールをリフティングして見せた。
「まァな」
その時、後ろから誰かが近付く気配がした。しかし、振り向く前に口を布で覆われてしまう。
「ぅ……!?」
強烈な薬品の臭いが鼻をつき、目眩が起こった。少年が何か言っている。世界が遠退いていく。後ろから来た誰かに抱き留められ、ユウは意識を手放した。
§
有奈は妹を探していた。様々なジャンルの面白そうな本が九冊あったのだが、全部買うべきかどうか相談したかったのだ。しかしフロアを一周しても、妹はいない。
「まったく、どこへ行ったんだ……」
本をレジに預け、妹の携帯電話にメールを送る。返信が来るまで動かずにいようと、さっきまでいたところに戻った。
ふと見ると、何往復かした準新刊の棚の真ん中に、さっきまでは無かった全く関係のないジャンルの本が置いてあった。まるで見せつけるように置かれたそれはいかがわしい漫画本で、裸体の女性が白い液体にまみれてだらしない顔をしている絵が表紙になっている。
有奈はそういったものに関わったことがなかった。共学のエスカレーター式私立学校に通い、今は帝国大学に通っているが、こういった本がどこにあるかも知らなかったし、存在することすらほとんど認識していなかったのだ。動揺と共に生まれた好奇心を封じ込め、とりあえず無視してそこから離れる。やはり店員に言うべきかと迷っていると、不意に肩を叩かれた。
「おねえさん」
「えっ」
びっくりして振り向くと、少年が立っていた。
「な、なんだ……?」
野球帽をかぶった中学生は、持っていた携帯電話の画面を見せてくる。覗き込んだそこには、どこか狭い場所に横たわって寝ている妹の姿が写っていた。手は縛られているのだろうか背中に回され、口にはガムテープが貼られている。
「なっ……!!」
「おっと、静かにしろよ。妹チャンが大切なら、オレの言うことを聞いたほうがいいぜ?」
はらわたがひっくり返りそうだったが、何とか堪えた。店は混んできており、有奈がレジに本を預けたまま外へ出てしまっても、誰も気付いていないようだ。
「こっちこっちィ」
少年に付いて店の外に出る。しばらく歩いて細い路地に入ると、黒いミニワゴンが停まっているのが見えた。慎重に近付く有奈の手首を掴み引っ張って、少年は急がせる。
「はなせっ……!」
振りほどいた弾みで張り付いた車の窓から、シートを倒してある広い後部座席に妹が横たわっているのが見えた。
「ユウ! おい、ユウ……っ!」
ドアには鍵がかかっている。窓を叩いても、妹は反応しない。はっと気付いたとき、背後に少年よりは背の高い誰かが立っていた。
「大人しく寝てろよな」
「ふぐっ……!」
危機感に包まれながら、強烈な薬品の臭いを最後に、有奈の意識は途絶えた。
§
若い男はふーっとため息を吐いて後部座席のドアを閉め、少年に笑いかけた。
「上出来じゃん」
「だろ」
男は運転席に乗り込み、少年は助手席へ座る。エンジンをかけた彼は不動明王という22歳の男で、助手席でシートベルトを締めたのは不動アキといってその弟だった。明王は栗色の長いくせ毛を首の後ろで一つに括っていて、弟のアキは長さのあるモヒカンにしていた。監視カメラに目立たないよう被っていた野球帽を取り、 アキは後部座席を覗き込む。倒したシートには姉妹が並んで横たわり、まるで眠っているかのように毛布が掛けられている。
「お楽しみはここからだぜ、鬼道チャン」
アキが言い、明王がクククと笑った。車は日曜の混雑に紛れて町外れへ向かう。揺られる姉妹は完全に意識を失っていた。
§
目が覚めると薄暗い部屋の床に横たわっていた。肩が痛いのはフローリングが硬いせいで、両手首を後ろで縛られていて自由が利かない。ユウは部屋を見渡した。ベッドが置いてあり寝室のようだが、狭い部屋はカーテンは閉めきられ――誰かがいる。
「よォ、起きた?」
本屋で話しかけてきた少年が、少し離れて横たわる姉の側にしゃがんでいた。姉は起きておらず、同じように手首を拘束されている。恐らく、縛るというよりこれは、硬くて冷たい鎖のついた手錠のようなものだ。
「そんなに怖がんなくていーよ」
少年は笑って、近づいてくる。ユウは横たわったまま身構えた。
「な……何をするつもりだ。姉さんをどうするんだ」
少年が答える前にドアが開いて、若い男が入ってきた。
「おい、アキ……ああ、目が覚めたか」
ユウを見て、男は笑顔になった。
「だ……誰だ。ここはどこだ?」
声が震えないようにと、力を入れてやっとそれだけ言えた。男は楽しそうに自分を指さして言う。
「お前は誰、ここはどこ?ってか。オレは不動明王。コイツは弟のアキ。あんたらのお父上様が見て見ぬふりして倒産した会社に勤めてた、クソッタレの息子。ここは邪魔の入らないただのみすぼらしい家だよ」
憎悪のこもった台詞に、凍りつくような目が笑う。ユウは、決して怖がる素振りを見せまいとした。
「何が目的だ……身代金か?」
察しが良いねえと言いたげに、明王は目を細める。
「向こうが娘たちを探し始めて、可愛い命の危機を感じたところで、電話してやるよ」
そう言って立ち上がり、まだ気を失ったままの有奈の様子を見に行った。隣にいたアキが、ユウの顔を覗き込む。間近でジロジロと見られ、思わず顔を背けると、 顎を掴んで引き戻された。真っ直ぐに見つめてくる切れ長の目は深い緑色で、まだ少年の純朴な感情を潜めている。隙を見せてはならないと、ユウは睨み返し た。
「なぁ兄貴、オレ、ヤりたい」
「ぁあ? 何だと」
「別にいいだろ? 帰す時に生きてりゃいいんだからさ。こーんなカワイイ顔してんのに、金だけじゃ勿体無いって」
「……成る程なァ? お前、惚れたか」
「うっせーな」
ニヤニヤと見下ろす兄を睨み付け、アキはユウに覆い被さるようにしてのし掛かってくる。
「優しくしてやるよ、ユウちゃん」
耳を舐められ、背筋がぞくっと粟立った。
「やっ……」
実感の無かった意識が、太ももを撫でられたことで一気に危機感を持ち、パニックになる。アキは構わず、ブラウスのボタンを外していく。
「や、やめろ! はなせぇっ……!」
身を捩るが、両手は背中でもぞもぞするだけだし、足の間にアキがいて動きづらい。
「暴れンなよ。すぐに気持ちよくなるって」
肋骨を圧迫していた感覚がゆるみ、背中で下着が外されたことを知る。柔肌に直接冷たい手が這い、胸を掴んだ。
「やぁぁっ……!!!」
ユウは震えながら、始まった未知の行為に困惑しぎゅっと目を瞑るしかなかった。
§
妹の叫び声で目が覚めた。何か、酷い目に遇っていることを思い出す。自分達は何者かに誘拐されたのだ。
「ユウ!」
これは夢じゃない。本屋で脅迫してきた少年が、妹の服を脱がせていた。下着を剥がされ露わになった成長途中の乳房を撫でられたとき、さっきの悲鳴をあげたのだろう、今は彼が好き勝手に与える愛撫にひたすら耐えているようだ。
「貴様っ、ユウを離せ!」
何とか向かっていってユウと少年の間に割り込もうとしたが、起き上がったところで後ろから肩を掴まれ、引き倒されてしまった。
「ぐっ……」
「姉さん……!」
ユウの声が聞こえるが、目の前で不敵な笑みを浮かべ見下ろしてくる男に視界を遮られる。倒れたときに下敷きになった手が痛い。
「アンタの相手はこっちだよ」
組み敷いた男がスカートを捲り上げ、ねっとりと太ももの外側を撫でた。避けようともがくが、足の間に男の体があって逃れられない。
「知ってっか? 目の前で他人がヤってるのを見ながらヤると、興奮が倍増すンだよなァ」
理解が追い付かない脳を必死に回転させ、状況を脱しようと考えるが、首筋を舐められてパニックになる。
「い、妹には、手を出すな……っ!」
男は呆れたように肩を竦めた。
「分かったよ。オレは出さないぜ……けど、アイツは知らねェなァ」
ほっとしたのも束の間、見れば少年が、ユウの下着を脱がせ、足の間に片手を突っ込んでいた。
「あんた、同時に二人の相手とか、できんの? 見たところ全然慣れてないおじょーサマってカンジなんですけど」
ブラウスのボタンを外そうと引っ張られ、その手から逃れようともがくが、両手首にはめられた拘束は頑丈で解けそうにない。妹を助けたいが、自分に迫る男を抑えるので精一杯だ。それも、ほとんど抑えることなどできていない。
「むしろハジメテじゃね?」
反応を見ながらブラウスをはだけさせた男の言葉に、さっと有奈の頬が火照った。隙を作ってはいけないと分かっていながらも、動揺は抑えきれない。
「このカラダ見た時は、処女には思えなかったけどな。妹チャンもカワイイ顔して、エロい体してんじゃん?」
男はブラジャーのホックを外し、有奈の豊満な乳房をゆっくりと撫で、揉みしだく。
「すげえ、あんまんみてェ」
白くやわらかい肌を両手でわしづかみにし、乳輪を撫でて薄桃色の飾りをこりこりとつまむ。乳首は刺激を受けて嫌でも硬くなったが、有奈はよりいっそう不快に感じた。
「ううっ……やめろっ、この……!」
身を捩るが、胸を揉む手は止まらない。それを見ていた少年がケタケタと笑った。
「ねぇちゃんも気持ちよくなってきたみてェだぜ?」
「姉さんはっ……こんなことで、お前たちなんかに、屈しない!」
ユウの希望的観測を聞いた男が、ニヤリと笑う。ベルトを外しズボンを下げると、熱く脈打つ自身を取り出した。ユウにはよく見えなかったが、彼が姉に何をするつもりなのかは何となく分かった。有奈は激しく抵抗したかったが、片足を強く押さえ付けられていて、動けない。
下着の中に骨張った手が滑り込み、入り口を撫でて、有奈の体は戦慄した。
「なんだよ、オッパイ揉んだだけで濡れてんじゃん。アンタほんとに初めてなの?」
ユウがもがきながら男に叫ぶ。
「キサマ……ッやめろ!! 姉さんを離せ!」
「ハハ! ホーラ、よく見てろよ。お姉さんの処女膜ぶち破るトコ」
手慣れているのだろう、抵抗を物ともせずグッと男が腰を進め、有奈の背が弓なりにのけぞった。逃げようとばたついていた足が、動きを止めて突っ張る。
「っぁぁぁ……!?」
赤く美しい瞳が見開かれ、透明な涙が白い肌に筋を作った。
「姉さん……っ」
ユウは手を伸ばしたが届かず、側へ行こうにも少年に押さえつけられている。有奈は顔を歪め、生理的な涙をこぼしながら、男の律動に合わせて揺さぶられた。
「み、見るな、ユウ……ッア! ぅあ……っ」
苦しそうに痛みを堪える姿を見るに耐えず、ユウは目を逸らす。見ていた少年が呟くように言った。
「やべえ、オレも挿入れてェ」
「なっ……?」
ズボンを脱ぎ、むき出しになった肉棒を持って、暴れようとするユウの足を押さえつけ、秘部に宛がう。熱い肉の感触に、ユウは青ざめた。
「こんだけ濡れてりゃ平気だろ。いくぜェ……」
指より太いものが狭い穴を無理矢理拡げて侵入し、ひきさけるような痛みが生じる。
「っい……!? ひぁ……!」
少年はお構い無しといった様子で、ユウの内壁を強く擦った。
「ハハッ……たまンねーなァ!」
「っぁ……ぐ……、やッ……うぐ……ッ!」
ユウの苦しげな声に耳を塞ぎたくなりながら、有奈はひたすら痛みに耐える。腰を打ち付けながら、男が笑った。
「イイぜェ、やっぱ初モノはすげェなァ! 締まりが違うぜ」
「ふっ……ウウッ! ……く、ふゥ……ッ!」
涙に滲んで妹も何も見えなくなった。男の荒い息が顔にかかり、遠退きかけた意識が戻る。彼は自分勝手に律動しながら、空いている両手で再び胸を掴んだ。
「デカくて感度もイイなんて、たまンねェなァ?」
「ッや、はぁ、んぁ……っ」
次第に速度を増していく男の腰の動きに、内壁の感触が変化してきた。ひりひりした摩擦による痛みは薄くなり、不思議な感覚が襲ってくる。体は必死に、この状況を受け入れようとしているらしい。
「ハハッ、スゲェ。オレもイキそー……ッ」
呟いて数回突いた強い刺激に不思議な感覚も高まり、限界まで昂って一気に崩壊した。
「ァ――ッ!? ッ……ァ……」
声を失い、頭の中が真っ白になって、足が突っ張り、体が勝手にけいれんを起こす。
「ハァ、ハ……くッ!!」
その時男が、強く息を吐きながら体をビクビクッと震わせた。体内に液体が放出されたのを感じ、異物が引き抜かれるのと共に、ぐったりと力が抜けて目を閉じる。頭がぼんやりして、何も考えられない。むしろこれは、空虚をまとった諦観に近い。
「ぁ……ふぁ……」
「ハッ、サイコー……」
男の呟くような声が耳元で聴こえる。
「ぁ……、姉……さ……」
ぼやけた視界に、横たわるユウを抱き上げる少年が見えた。壊れ物を扱うようにそっとベッドへ寝かせるのを最後に、有奈は意識を手放す。
妹に返事もできないほ ど怠く疲れ、朦朧として、酷い仕打ちを受けたことが何よりもショックだったが、それらに覆われた一番奥の場所で、何かが、芽吹く前の大地のように疼いてい た。
2016/05