一週間が経ち、少し警戒心が薄れたかもしれない。姉妹はぼんやりとしたまま、暇な時はソファに並んで座りテレビ画面や雑誌を眺め、それ以外の時は言われた通りに家事を手伝ったり食事をしたり、部屋に閉じ込めておく時間は減った。
ここ数日ずっと明王は考えていたのだが、やはり外へ刺激が欲しくなって、出かける決意をした。一対一なら目が届く。
「おいアキ、留守番頼むぜ」
「はあ? なんで」
ユウを隣に置いて没頭していたテレビゲームを、即座に中断して不機嫌に振り向いた弟を見下ろし、サッと小遣いを渡す。奪うように受け取ると、アキはゾンビ退治を再開した。
「行くぞ」
「えっ……ちょ、ちょっと。ユウ……っ!」
「姉さん!」
慌てる妹にはアキが、焦る姉には明王が寄り添い、肩を撫でてなだめすかす。
「だァいじょォぶだって。ちょっと買い物に行くだけだよ」
「そーそ。ユウちゃんはオレと仲良く留守番な」
頬を擦り寄せるアキを好きなようにさせながら、ユウは無表情な目で言った。
「ひどいことはしないから、大丈夫だ……」
一緒に行けない不満と、新たな危険が及ぶわけではないという安堵が混ざって、無表情に見えるのだろう。けれど姉の目が(助けを呼べそうだったら呼んでほしいし、逃げるチャンスがあったら一人でも逃げて)と言っているのがわかって、ユウは不安げな表情に戻った。
明王は有奈の腕を掴んで、玄関まで連れていく。
「どこへ、行くんだ……?」
しまっておいた彼女の白いパンプスを履かせ、上着を渡す。
「着替えとか買いにさ。気分転換だよ、いいだろ?」
そして、今はネックレスを外している首元に、しっかりした作りの大型犬用の首輪を着ける。赤い合皮の、オモチャのような首輪だ。
「な……なんだ、これ」
「一応なァ」
首の後ろに細いリードを繋ぎ、上着の中を通す。背中に沿って、腰のところに出たリードを握ると、恋人同士が歩いているような格好にも見える。
「電車で4つくらいいったトコにさ、でかめのモールがあんだよ。そこなら何でも売ってるぜ」
駅へ向かって歩き出す。有奈はよく足をもつれさせかけたので、仕方なく歩幅を合わせてやった。
駅までの、畑や住宅街を抜ける20分はほぼ無言で、有奈は不安げな顔で歩いていたが、諦めているのか、逃げるつもりは無いようだった。
§
乗客のほとんどいない電車に乗って、ぴったりくっついたままショッピングモールへ。平日の昼間ということもあり、閑散としていて、どうでもいいアレンジをされた流行曲のカバーが虚しく響いている。ここは本当に都内なのだろうか。
「なんか欲しいモンあるかァ?」
案内図の前へ連れて行くが、有奈は黙っている。腰を抱いたまま、すぐそばのエスカレーターに乗った。二階は婦人服売り場。
「これとかどぉ?」
婦人服売り場で明王が広げて見せたのは、胸に大きく"LOVE"とピンクのラメプリントが施されたカットソー。形から想像するに、着ると片方の肩が出るので、重ね着するためのものだろう。
「なんだよ。適当に買うぜ」
黙っていると明王は、もっと地味で無難なカットソーやTシャツを数枚とワンピースを一着選んで、レジへ向かった。眠そうな顔の40代くらいの女性店員は、 虚ろな目をして汚れた上品な服に首輪を付けられている女のことをどう思うのだろうか。意外と、似合いの恋人たちだとでも思って見ているのだろうか?
「あとは下着だな~」
婦人服売り場から出て、止める間もなく奥にある下着売り場へ入った。
「やっぱりピンクだよなァ。サイズこれ?」
明王は勝手に選び、試着室へ連れていく。
「ちょっと着てみろよ」
押し付けられた下着を受け取って、困惑しながらも、ブラウスのボタンを外し始める。半分以上閉められたカーテンの隙間から、明王が訝しげな店員に愛想笑いを送るのが見えた。
「おっ、いーじゃんいーじゃん」
満足したのか、明王は試着室から離れた。元の下着に着替え、服を着る。外へ出ると、明王は色違いのベビードール二枚を持って、試着させたセットの棚を見ていた。
「なあ、ユウちゃんのサイズどれ?」
答えたくなかったが、妹もきれいな下着と洋服に着替えさせたいところではある。
「……これ」
「よーし」
有奈にはピンクに黒いレース、ユウには白にピンクのレース。同じデザインの下着とベビードールを購入している間、居心地の悪さを感じたが、店員を観察すると妙だった。
三十代後半くらいの痩せた女は、この変わった恋人に見える若い男女を訝しみながら、明王には媚びているように見えた。商売人の技の一つかとも思うが、ああいう態度は過去にもどこかで見たことがある。
店を出てから聞いてみた。
「知り合いなのか?」
「あ? 誰と」
「さっきの店員……」
「いや? こんなとこ滅多に来ねえし」
出口へ向かう明王は、片手で有奈の腰を抱き、もう片手で買い物した紙袋を持っている。その横顔をちらと眺め、静かにしていれば一瞬で惚れる人間がいてもおかしくはないのかもしれないと思った。
モールを後にして駅へ向かう。しかしパラパラと雨が降りだしている。さっきまでは太陽も出ていたのに。
「くそっ、傘も買えってか」
毒づく明王に応えるかのように、あと少しで駅というところで思いきり降ってきた。痛いほど激しい雨が頬を殴る。上着を脱いで広げ傘のようにし、その下に濡れにくいように買い物袋を両腕に抱えさせた有奈を連れて、明王はある建物へ入った。地味で古びているが、普通の家や会社とは違って、装飾が施されている。
「おい、ジイさん。雨が止むまでだ」
派手に光る受付を無視して、裏の管理人室のようなところで居眠りしていた老人にそれだけ言うと、奪うようにして取った鍵で奥の部屋に入る。内装はけばけばしいが、一応ホテルのようだ。
「どォせ、すぐ止むだろー」
濡れた上着を椅子に掛けると、明王は買い物袋の水滴を払った。しばらくここにいるらしい。雨音はまだ激しく窓を打っている。
「っくしゅ……」
寒気を感じて、じっとり濡れた上着を脱ぐ。このままでは風邪をひきそうだ。
「シャワーを浴びて、着替えたいんだが……」
「ああ、入れよ」
意外とすんなり許可が下りた。風邪を引かせるのは向こうも不本意なのだろう。
バスルームは磨りガラスで、シルエットが外から見える仕様だが、温かいシャワーで安心したのか、思考がしやすくなった。今日の明王は少し普通だ。人前で必要以上に目立つこともしなかったし、意地悪もしてこない。
何か目論んでいるのだろうが、今のところ大人しい。今だって、一緒にバスルームに入って来るかもしれないと思ったが、服を着終わっても明王は外にいた。
「似合うじゃん」
明王はシャツを脱いで、髪をタオルで拭いていた。剥き出しになった上半身を改めて見ると、何で鍛えているのか、痩せてはいるが引き締まった良い体つきをしている。外した首輪を渡すと、興味が無さそうにタオルと共に椅子へ放った。
「雨、止みそうにねーし……もうちょっとここにいようぜ」
そう言って明王は抱き寄せてくる。やはりかと思ったが、身構えて感情を殺そうとした有奈に落とされた口付けはあまりにも優しかった。
「……っ」
腰を抱かれ、全身の力を奪うような深いキス。歯列をなぞって舌の裏を愛撫されると、秘められた場所が奥からじわりと濡れるのが分かった。
「そォだ。せっかくだからさ、これ着てみろよ」
渡されたのはさっきのベビードール。その場で服を脱ごうとすると、猫を呼ぶみたいにバスルームを示された。
「ソレと、パンツだけで来いよ」
いやらしい目線にぐっと威圧を感じて、逃げ出したくなるが、何とか押し留まる。濃いピンクのやわらかい化学繊維に、黒いレースと黒いリボン。自分では絶対に買わないデザインだが、鏡で見れば髪の色に映えてよく似合っている。
ゆっくりと部屋へ戻った。下着だけになってベッドに座っていた明王が、上から下までじっくりと品定めする。
「これで満足か?」
すっと目を細めてそう言うと、彼は下品なうすら笑いを浮かべていた目を少しだけ歪めた。まるで、今はここまでしか手に入らず、本当はもっとあることを知っているのに、自分にはそれを手に入れる権利がないと悔しがるみたいに。
そしてそれを悟られまいと、一気にベッドへ押し倒した。
「今日はやけに大人しいな?」
上気した肌を撫で、明王は首筋に痕を残す。それだけで体が反応するようになってしまった。芯が疼いて、腰が揺れる。気付いた明王が、柔らかい太腿の隙間に手を差し入れた。拒絶しようにも、どうしようもない。
「抵抗しても無駄だからな……」
「ハッ、やっと分かったかよ」
「人質を取られているんだ、当たり前だろう」
そこで思い出したらしい、明王は起き上がって、椅子に掛けて乾かしていたズボンのポケットから携帯電話を取り出した。電話をかけながら、有奈の乳房をベビードールごと弄ぶ。
「おうアキ、どうだ? ……ああ、雨すげぇし、もうちょい雨宿りしてから帰るわ」
生地越しに乳首を摘ままれ、慌てて口を覆う。
「迎え? いらねーよ。すぐ止むだろ」
片手で交互に揉みしだかれ、抑えきれない吐息が零れる。妹の声は聞けなかったが、アキがしれっとしているので大きな問題は無いのだろうと思えた。
「おー。じゃーな」
明王は電話を切ってズボンのポケットに戻し、ベッドに座ってグレーのボクサーパンツを脱ぐ。顔を背ける前に一瞬見えた彼の性器が、自分を貫く感覚を思い出して、体の芯がひときわ熱くなる。足を開かされ、ピンクのポリエステルが足首へ向かって滑っていく。濃い色が白い肌に目立つ。着せてもすぐ脱がすのでは何の意味があるんだと首を傾げたが、明王はベビードールだけの姿にしてから、まだ前戯を続けるらしい。
「なんだよ、ヌレヌレじゃん」
「ぃ……っ」
歯を食い縛って堪えようとするが、こうするのが当たり前とでも言うかのように中指が侵入してきて、すぐに乱れてしまった。
「ひぁ、ぁあ……ッ」
「すげー絡みついてくるじゃねーか……ハハッ」
面白そうに言う明王は、指の動きを一気に速める。指の腹で引っ掻くようにして敏感な箇所を何度も押され、ひっきりなしに喘いだ。
「あ、いや、やっ……んア、あーーーッッ……!」
ガクガクと震える有奈の秘部から、半透明の愛液が吹き上がった。全身が痺れ、痙攣する。頭が一瞬真っ白に飛んだが、すぐに意識が戻った。一番に自覚したのは、不足感だ。達した満足感は得られたが、あくまでも第一段階。もっと強い刺激があることを知っている体は、震えながら次を待つ。
「うっわ、すっげぇ」
くすくす笑う明王の手が太腿を掴む。
「オレ潮吹きってAVのヤラセかと思ってた。ホントに無味無臭なんだな」
愛液を掬い取って舐め、朦朧とする有奈に覆い被さると、曝された下腹部に男性器が押し付けられた。軽く音をたてて唇を重ね、明王は笑う。
「カーワイイ」
からかうように言われ、咄嗟に睨みつけた。照れ隠しともいえるだろうが、そもそも相手は一番隙を見せてはいけない人間だ。
そんなことは全く意に介さない様子で、明王はキスをしながら硬くなった肉棒を捩じ込んでくる。もう慣れたもので、一度達した秘部はもっと受け入れますと言わんばかりに粘りのある愛液で溢れ、自ら収縮して奥へと誘う。感度が上がっていることを知らず、一度ぎりぎりまで引いてから一気に貫かれた有奈は、内壁を勢いよく抉られて思わず高い声を上げた。
「んぅうあ……ッ!!」
「とろとろじゃねーか……最ッ高だなァ!!」
明王はこの部屋に入った時から興奮していたのだろう、今でははち切れんばかりに膨らんだ肉棒で、休む間もなく突き上げる。ぱんっ、ぱちゅっ、と水音に肌が当たる音が混じり、聞きたくないと思う前に視界がぼやけた。
「あぅっ、ふ……んン、ンぁ、あんっ」
自ら股を開き、最奥へ当たるよう腰を振って、快楽を得ようとする体を抑制できず、有奈はせめてもの抵抗に明王の肩を引っ掻くようにしがみつく。少し伸びた爪が筋肉に食い込んで、熱い溜め息が聞こえた。
暴力も拘束も、脅し文句もなく、まるで普通の恋人同士のようなセックス。だが、いくら体を重ねても有奈は手に入らない。むしろ突き上げる度に、憤りが募っていく。
「ぃあッ……ア、はげっしぃ……!!」
憤りをそのままぶつけるような律動に、有奈は困惑した。彼女にはまだ理由が分からなかったが、明王が何かに激しく憤っていることだけは感じ取れたのだ。そしてそれは、自分のせいではないと思っていた。
絶頂へ駆け上がっていくのがわかる。今までならここで、明王は煽るように下品な台詞を口走ったが、今は黙ったままだ。荒い息遣いだけが耳を掠め、不思議に思うと同時に思考は快感に押し潰されていく。
「ッあ! やっ……ああ! アぁーーーーーッ!!」
明王が腰を強く打ち付け、果てるのを感じた。慣れてしまったこともあるのか、精を注がれるのも気に留めることができない。手放した意識はまだ浮遊していて、恍惚に揺蕩う。
何か大きな問題があったとしても、この状況を作り出したのは明王だ。そんなことより、何とかしてこの気狂い兄弟から、妹を連れて離れなければ。だがそう思った瞬間、有奈は思考が徐々に停止するのを感じた。
「雨、止んだみてェだな」
ズボンを穿きながら窓の外を見た明王が言う。彼の思った通り、にわか雨だったらしい。有奈はゆっくりと身を起こし、ベッドに座った。その頬を撫でて、唇を数分のあいだ愛撫される。
「帰ろうぜ、有奈ちゃん」
下着と、控えめな女性に見える新しい服を身に付け、ふらつく足で立ち上がる。まだベッドに寝転んでいたかったが、早く帰って妹に会いたい。街灯が少ない薄暗い道を、明王のすぐ後について歩いた。犬の首輪は紙袋に入っていた。
有奈が明王と出掛けた後、アキはユウと留守番していた。だが大人しく待っているわけがない。監視が無く、全て自分の思い通りにできる時間ほど楽しいものはないのだ。
「オレたちも出掛けようぜ」
「え……でも、留守番をするんじゃ……」
今のユウにとっては、外の世界の方が恐怖に感じた。世間の男たちから自分がどう見られるのか、スタジャン男のせいで嫌というほど分かったからだ。
「だァいじょーぶだって。ユウちゃんを傷つけるようなコトはしねーよ」
それをアキも分かっていて、少しずつ、ケージのウサギを外へ出すように誘導する。
「デートしようぜ」
「で、デート……?」
思わず、ユウはドキッとした。異性に対して興味が無さそうだった姉にはずっと言えなかったが、十四歳になって、クラスメイトたちが色恋沙汰ばかり話題に持ち出す中、それを真に受けずに聞きながら、実のところ人一倍興味があったのだ。それに、こうしてアキの好意を受けるのは、悪い気はしない。
「いいだろォ? どーせ暇なんだしさァ。もっと楽しいとこ行こうぜ?」
何とかこくりと頷いたのを合図に、アキはえらく上機嫌でユウの靴を出してきた。
§
15分ほど歩いて、商店街のようなところへ着く。半分以上が潰れた店、それ以外は営業しているが店主が居眠りしている寝具店とか、店主の姿は見えず電球と電池しか並んでいない電機店とか、立ち読みを見張るギョロ目のお婆さんがいる本屋などが、どれも小さく狭い通りに並んでいた。
「どこ行きたい?」
通行人はほとんどいない。たまに散歩中の老人や、主婦とすれ違ったが、彼らはアキと身なりの良い少女には見向きもせず、工場作業員のように歩いていった。
キョロキョロと通りを見渡す。本屋なら暇潰しになるかもしれないと思った時、ソフトクリームの幟が見えた。いきなり甘いものを欲しがるのもどうかと思い、困ってアキを見ると、彼はなぜか顔を強張らせた。
「おっ、不動じゃん!」
「センパイ、お久しぶりっすね~」
その原因は、二人組の男子中学生が近付いて来たこと。
「よお、お前ら。調子どうだ?」
「ぼちぼちっすね~」
「不動がいねーからシケてんじゃん?」
七三分けのつり目と、痩せたモジャモジャ頭。どちらもアキと同じくらいの身長で、しきりに顔色を窺っている。
「誰? 彼女? かっわいいじゃーん」
「おいさわんな、」
アキが不機嫌な声で、ユウの肩を抱き寄せる。少し安堵した。彼らよりアキの方が力を持っているらしい。
「うひょーっ、アツアツっすね~」
「これからどっか行くの?」
溜め息を吐いて、アキは答える。
「まだ決めてねェけど……」
「んじゃあ、カラオケとかどお?」
「皆で楽しめるっすね~」
警戒しつつ彼らと一緒にいることは望んでいないようなアキだったが、何を思い付いたのか、次第にその顔に笑みが浮かんできた。
「カラオケ、ね。いいかもしれねーな」
やったーと二人は喜んで、アキについて歩き出す。カラオケがどんな場所か分からないユウは、不安を感じながらアキに付いて行くしかなかった。
向かった先は看板のネオンが壊れたカラオケボックスで、受付の無愛想な女子高生に伝票を貰い、人がすれ違うのがやっとといった階段で三階へ上がる。並んでいる個室はどれも暗く、その中のドアを一つ開けてアキが止まった。
「入れよ」
暗い部屋に入り、アキが壁のスイッチを押すと、照明がついた。スポットライトのようにカラフルな光がぐるりぐるりと回転している。
「そっち座れ」
アキは二人に指示をして、自分はユウの隣、コの字型になっているソファの真ん中に座った。背を預け、ユウの肩を抱いて、ふんぞり返る。モニターからは流行中のヒット曲やランキングが流れ、部屋には煙草の臭いが染み付いている。
「お前ら、学校は?」
アキが分かりきった質問をすると、二人は面白そうに肩を揺らして笑いを堪えた。満足げなアキが、ユウを二人に近付けるようにしてくつろぐ。寄せられてユウは足に力を入れたが、アキの様子からすると今はそれほど抵抗しなくても済みそうだ。
「どうしたんすか~センパイ、この子やべぇ可愛いっすね~」
七三が妙なニヤニヤ笑いを浮かべる横で、モジャ頭が顔を覗き込み、頬に触れようと手を伸ばしてくる。
「すげー、人形みてぇじゃーん」
「っ……」
ユウが知っている同級生の男子とは、少し違う。先ほど路上では一見同じように見えたが、彼らもまたアキのように、多かれ少なかれ大人の世界を知っているのだ。
「おい、何してンだよ」
鋭く睨むと、二人が怯んだ。アキの立場が上なら少し安心してもいいかもしれない。
そんな心情を見越してか、アキに寄せた体を抱き締められ、唇が押し付けられる。二人がまじまじと見ながら生唾を呑む前で、されるがままに口内を愛撫され、舌を絡めた。
「んぅ……っ、はぁ、」
大人のキスを見せつけて、アキはすっかり機嫌を取り戻した。
「こんなカワイイ同級生、地球の裏側まで探したって見つからねーよなァ」
白い清楚なブラウスのボタンを外し、胸元がはだける。悪友たちが身を乗り出して見つめた。
「っん……」
小ぶりな乳房を下着ごと撫でるようにされ、吐息が漏れる。
「すっげー敏感だし……」
耳を舐められ、体が小さく跳ねてしまった。
「ひゃっ……」
「最高だぜ」
アキの舌はまるで別の生き物みたいに器用に肌へ絡み付く。思わず甘い声が零れ、目の前の少年たちがニヤつく。
「やっべ、これ、マジたまんねーじゃん?」
「やばいっす、パねえっす」
そんな二人に、アキが得意気になって言う。
「お前ら、飲み物取って来いよ」
七三とモジャ頭は顔を見合わせた。
「え、えっと……センパイ何がいいっすか?」
そう言われてアキは顔をしかめる。
「あ? ……チッ、もういい、オレが行く。お前らはコーラでいいよな?」
実はアキは微妙な配合で数種類のドリンクを混ぜるのがお気に入りであり、よくつるんでいる仲間たちにはその配合を教えてあったのだが、七三とモジャ頭には教えていなかったため、面倒になったのだった。
「オレが戻るまで、絶ッ対、手ェ出すんじゃねーぞ」
低い声で釘を刺し、アキが出て行く。七三がクスクス笑った。
「またまた……センパイも煽り方がうまいっすよね~」
「さすが不動じゃーん? こんな、すっげエロくて可愛い子、連れて来てくれるし……」
垂涎三尺といった感じで、二人がズボンを下ろしながらいそいそと隣に移動してきた。ソファに乗せていた足を掴まれ、恐ろしい記憶がよみがえる。
「ひゃぁ……っ!? や……っ」
後ずさろうとしても、この狭い部屋では限界だ。何とかパニックに陥らないようにしながら、抵抗を試みるが、押さえつけられて身動きが取れなくなってしまった。
「ひ……やめ……っ」
七三が後ろから、首元に鼻を寄せてしきりに匂いを嗅いでいる。胸を揉まれ、必死で身を捩ったが七三は気にしない。
「むは……かわ……マジかわっす……」
「やらけぇぇ……ナニコレ、ふわぽよじゃーん!?」
モジャ頭は足首から太腿までゆっくりと撫で上げ、荒い鼻息を吹き掛けた。ぞわぞわと悪寒が走り、ユウは身を捩る。
太腿に生暖かい芯のある軟らかいモノを擦り付けられて、頭が蒼白になった。
「やっ、嫌だ――――ッ!!」
大声を出そうとすれば、七三の手で後ろから口を塞がれた。アキはわざとこの状況を作ったのだろうか?
背後でユウを抱えながら、七三も自分の股間をユウの尻に擦り付け始めた。絶望に震える足でどうやって逃げるか必死に考えていると、怒鳴り声が聞こえた。
「何やってンだクソが!」
覆い被さっていたモジャ頭が勢いよく引き剥がされ、ビクッとして、全員が動きを止める。アキがコーラをモジャ頭の顔に掛けた。
「とっとと失せろ」
冷酷な青緑の目に睨まれて、七三も慌てて立ち上がる。
「冷てっ……な、なんだよ……おっかねぇじゃん……」
「す、すいませ~ん……またよろしくお願いしま~っす」
大人しく出て行く二人を見送るユウの肩を撫で、アキは不機嫌に溜息を吐く。
「ったく……ゴメンな……アイツら、ヤらせるなんて言ってねーのに」
座り直すと、アキは自分の宝物に汚れが付いていないか確かめ、またすぐに立ち上がった。
「こんなトコ、もう出ようぜ」
アキが朝もらった小遣いの一部で部屋代を払い、狭い階段を下りてカラオケ店を出る。
外はバケツをひっくり返したような土砂降りだった。
「すげー降ってっし……」
アキはカラオケ店の傘立てにあった誰かのビニール傘を取って開き、ユウの肩を抱いて、早足で歩き出す。通行人はほとんどなく、家まで真っ直ぐに帰った。雨粒で景色が見えないほどの中、ビニール傘に当たる激しい水音が鼓膜を閉ざして、二人だけの世界にいるみたいに感じる。盗んだ傘が忘れ物でありますようにと思 いながら、ユウは黙って足を濡らした。
§
「あーあ、濡れちまったなァ……」
玄関と靴を雑巾で拭いて、ユウの靴は下駄箱の中にしまう。出掛けたことは内緒にしておきたいようだ。
家の電話が鳴った。アキは慌てた様子を強がって抑えるところを、滑るようなふざけた足取りで演じて見せる。明王からの電話だと思ったので、ユウも側へ行って聞き耳をたてた。姉の声は聴こえなかったが、特に危険が及んだり、大きな問題にはなっていないようだ。
「はァ? 何だよ。……迎えとかいンの?」
面倒くさそうな声だが、明王の帰りが遅くなると聞いて、ユウにはニヤリと笑いかける。
「フーン。じゃあ雨止んでからゆっくり帰るンだな。腹減ったけど、風邪ひいたらヤダし。濡れンなよォ」
思いきり不機嫌に言って、受話器を置く。明王が『じゃーな』と言うのが聴こえた。
「な……兄貴たち、まだ帰ってこねえってよ」
もう少し二人きりで、自分の自由にできることが、アキには嬉しいらしい。
「アキ……」
「なーに? ユウちゃん」
歩いている間じゅうずっと傘をユウに傾けていたために、アキの体は半分びしょ濡れになっていて、彼は歩きながら服を脱いだ。痩せた背から目を逸らしながら、ユウはつぶやくように訊ねる。
「どうしてさっき、止めたんだ……?」
アキは面白そうな顔で、すぐに答えた。
「決まってンだろォ? ユウちゃんはオレのだからだよ」
分かってはいたが、それはユウの希望した答えではなかった。
「オレと続きしようぜ」
抱き寄せられ、冷えた肩を押し返す。だが、その手は迫ってきたものを反射的に止めようとしただけのように思えた。混乱が襲ってくる。
「ユウちゃんが嫌がったから止めたんだぜ?」
どさっとソファに押し倒され、アキがのしかかって来た。
「でも、オレにされんのはヘーキなんだ……?」
「……っは、放せっ」
アキは、ユウの反応を見極めることに慣れてきていた。本当に嫌がっている時と、恥ずかしいだけの時と、表情の中でわずかに違う部分を見逃さない。
「んむっ……!」
キスをすれば、それは明白な証拠になる。悪戯な舌に愛撫され、抵抗していた腕から力が抜けていくのを止められない。
「ふ……はぁ、」
ユウは恐怖にも似た焦りを感じるが、すでにアキの手が服の中をまさぐっていた。
「ゃ……っ」
下着を膝まで下ろされ、その膝を顔の方へ押し上げると、ユウの白い臀部があらわになった。羞恥が込み上げたその目に、満足げなアキの顔が映る。
彼は普通の男子中学生ではない。だがそれならば、今感じているこれも、異常な感情なのではないか?
「へぇ……ユウちゃん、さっきアイツらに見せつけてビチョビチョになっちゃったんだ? エッチだなァ」
「……っ!」
わざと、しつこいくらいに、ねっとりと囁くアキから顔を背けて、目を瞑る。心の中で叫ぶもう一人の自分とは逆に、曝された秘部は熱く痺れ始め、期待を高まらせている。コンドームの包装を破る音がした。
「ホントは無しでヤりてえんだけど……後で垂れてきたら兄貴にバレるだろ?」
言い訳のようなことを言いながら、閉じようとしていた足を再び開かせ、ペニスを宛がうと一気に突き挿した。
「っぁぁあん……!!」
若い肉棒は若い膣を猛スピードで擦り、抉り方は乱暴と言っていい。そんなアキの律動を、ソファが軋むのを聴きながら、ユウは必死で受け止めようとしていた。
「はぁっ、ひぁっ、ぁあっ……」
快楽に正直で、柔軟な体は、感情よりも先に記憶していく。
「は、……あーっ、きもちイー……マジ、最高……はァッ、イク、イクぜェ……!」
貪るように突き上げ、アキは達した。ガクガクと振動が伝わって、ユウの痙攣も始まる。
「やぁぁ……ッんぁ、ぁ、ぁぁーー……ッ」
快楽が全身を包む。強く抱きしめられて錯覚を起こす。真っ白な世界で何も考えられなくなり、全てが遠くに感じた。
アキは体を起こし、コンドームを縛ってゴミ箱の底の方に入れた。
「オレたち、家で仲良く遊んでたってことで。いいよな?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、アキが言う。まだ朦朧とする頭で頷けば、彼は嬉しそうな唇を少し噛んで、笑みが広がりすぎるのを強がって抑えた。ウソでは、ない。
ユウにとっては、あまり意味もなく切り札にもならない秘密。だが、二人だけの秘密という甘美な響きが、薬のように後からじわじわと効いてくるのだった。
2016/05